たちあがる女 感想。 ジワジワと効いてくる|たちあがる女

【みんなの口コミ】映画『たちあがる女』の感想評価評判

たちあがる女 感想

《推定睡眠時間:1分》 『たちあがる女』はコーラス講師と環境活動家、二つの顔を持つ女性ハットラが、新しい家族を迎え入れ、母親になる決意をしたことから巻き起こる騒動をユーモラスに描くヒューマンドラマだ。 雄大なアイスランドの自然と叙情的な音楽に彩られた現代のおとぎ話ともいえる物語は、とぼけた味わいとコミカルな笑いを醸しながらも、いまの人間社会において見逃してはいけない問題を皮肉たっぷりに浮かび上がらせていく。 本年度最嘘宣伝候補。 上は公式サイトからのイントロダクション抜粋ですがこんな映画の売り文句でよくもぬけぬけとそんなことを書けたなと驚愕しかない。 『太陽を盗んだ男』を余命いくばくもない男が残された人生を精一杯生きようとする姿を通して現代人に生きることの意味を問う社会派感動作、とか売り込むようなものですよこれは。 絶対間違ってるだろ。 絶対間違ってるだろ! 騙された感が振り切れていてむしろ快感だったから全然良いんですけど。 こういう嘘だいすき。 これを騙るシスと…ケーシー高峰じゃあるまいし。 とにかくタイトルバックからして普通ではない。 荒涼としたアイスランドの高原を主人公と思しきオバハンが歩いてくるんですがその動きに合わせてカメラがじわぁ~っとパンしていくとなんとなく画面に表示されているクレジットがズレる気がする。 このクレジットはカメラではなくて風景と同期しているので実際にズレていた、ということがわかるのはオバハンは画面左奥からカメラ右手前に向かって斜めに歩いてくるので、オバハンがカメラに近づくにつれてパンの速度は増しクレジットのズレは大きく…いやそれはいいのだがそこで、さっきから鳴っていたマーチ風のBGMがアコーディオン・トリオの演奏しているものだとわかる。 なぜなら高原で演奏中のトリオがスルっとカメラに入ってくるから。 映像脚本的に言えばこの音楽はBGMではなくMだった。 人を食ったオープニングだ…と思ったらオープニングだけじゃなくてこのトリオはその後も音楽が鳴ると出る。 しかも曲によってはピアノマンだったりウクライナの?民族衣装に身を包んだ女三人コーラス隊だったり演奏担当が変わる。 ということは劇中の音楽は全部BGMじゃなくてオバハンの心象風景としてのMなわけだ。 心象風景と客観風景が同じショットにしれっと混在してるんですよねこの映画。 だから明らかに怪しい隣人とか通行人が画面に映り込むんですけどどうもそれはCIA工作員とか警察の潜入捜査官が(オバハンを捕らえるために)動き出したとの噂を同志から聞いたオバハンの妄想混じりの主観っぽくて…ほらもう既に「とぼけた味わいとコミカルな笑いを醸しながら」どころじゃないでしょ! 電波でしょ! 笑うけどね! ちなみにその同志(コーラス受講生のなんとか官僚)と活動について話し合う際は盗聴を防ぐため冷凍庫にスマホを入れて電波を遮断していた。 このオバハンはなんていうかこう色々と本物なのである。 本物だから破壊活動帰りのタイトルバックで例のトリオを背にランボーが持ってるような弓をジャキンと地面に突き立てるとダダダっと高原をダッシュ、付近を捜索する警察のヘリを捕捉すると岩陰にスネーク的に滑り込み、窪地に転がり込んだりして慣れた感じでヘリをやり過ごすのであった。 オバハンが闘っているのは比較的最近出来たっぽいアルミニウム工場で、こいつが美しいアイスランドの大地を汚す、というのもあるが世界中の様々な災害や異常気象はグローバリゼーションに伴う環境破壊が原因だとオバハンは考えているので、その象徴としてアルミニウム工場が標的に。 アイスランドのアルミニウム製造業は米中資本を入れて目下のところ成長中。 政府はその経済的成果をアピールしてそこらへんの平凡人は経済が強くなるに越したことはないとこれを甘受。 オバハンはそんな状況にテロでもって否を突きつけるのだが、あれこれ指示はするものの自分では破壊活動に手を染めない同志の官僚にはどうも環境保護とは別の思惑があるようでもあり、呑気なシュールコメディのムードなのに描かれている状況はハードコアなポリティカル・サスペンスもしくはアクションなのだった。 セムテックス強奪してプラスチック爆弾作って(アルミニウム工場に電力を供給する)送電鉄塔爆破しに行ったりするからなこのオバハン。 すごいよもう。 弓を背負って大自然を味方につけてたった一人で警察の捜索隊と渡り合う姿は完全にランボーでしたね。 オバハンが破壊活動に打ち込んでいるその頃、ヨガ講師をやってるオバハンの双子の姉は仏僧になるためインド行きを決意する。 不幸にもゲバラTを着ていたため警察にマークされてしまったバックパッカーは行く先々でテロの関与を疑われ拘束される。 意志は強いがメンタルの安定しないオバハンのために何度も呼び出されて疲れたアコーディオン・トリオのリーダーはとりあえず一服する。 掴み所のない映画だがその混沌の中に不意に現れる個の仁義とかアウトサイダーの連帯とか狂気と表裏一体の信念にはぐらっと心を揺さぶられてしまったりし…あの鉄塔が倒れる瞬間の高揚感、終末に沈み込んでいく悲劇にも終末をサバイブしようとする強靱な意思の現れにも、あるいは妄想の破局にも見える壮大かつ不可解な黙示録的ラストは強烈にハートに刻まれてしまったしで…わけはわからんがとにかく、なんかすごいものを見た感があった。 まだ観てない人は騙されたと思ってというか売り方を確信犯的に誤っている配給会社の宣伝に騙されて観に行って衝撃を受けてほしいとおもう。 【ママー!これ買ってー!】 ランボーの新作もまたやるらしいですが今度はオバハンに倣って環境破壊と戦ったら面白いんじゃないですかね。

次の

映画「たちあがる女」(2018) 感想とレビュー

たちあがる女 感想

映画『たちあがる女』は、地元の合奏団講師と過激な環境活動家という2つの顔を持つ独身中年女性が養子を迎え、母親になる選択をしたことから物語が始まります。 アイスランドの大自然を舞台に、ドタバタ劇を描いたユーモラスな社会派ヒューマン映画です。 監督は、長編デビュー作『馬々と人間たち』(2014)で注目を集め、アキ・カウリスマキやロイ・アンダーソンの後に続く北欧の才能と目されるベネディクト・エルリングソン監督。 カンヌ国際映画祭・批評家週間の劇作家作曲家協会賞受賞をはじめ、2019年アカデミー賞アイスランド代表作品に選出されるなど数々の賞を受賞し、ハリウッドでのリメイクが決定したことも話題になりました。 急激な工業の産業化による自然豊かなアイスランドの環境破壊を危惧したハットラは、秘密裏にリオ・ティント社のアルミニウム工場の電源を遮断して稼働を妨害することで、地元の環境を守るという活動を行っています。 過激ともいえるハットラの妨害はたちまち国中に知れ渡り、国内外の協力のもと犯人捜しをするものの、アイスランド政府でさえ地元の中年女性の仕業と特定できないまま、ゲリラグループの破壊活動やアルカイダやISISなどのテロ組織の犯行との見識で捜査を進めていました。 そんなある日、ハットラは長年の夢であった養子縁組の申請が通り、ウクライナの紛争孤児ニーカを娘として迎え入れることになります。 未来ある子どもたちの地球環境を守り母親になるという夢の実現に向け、アルミニウム工場と決着をつけるべく最終決戦の準備に取り掛かるのでした。 映画「たちあがる女」のネタバレ感想 おばさんが繰り広げるスパイさながらの行動に仰天! C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures この映画を観た人であれば、冒頭のシークエンスでの異様な光景に「これから何が始まるのだろう?」という不安に近いドキドキ感を持った人もいるのではないでしょうか? 予告動画でも紹介されていた、ワイヤー付きの鉄の弓を放って送電線をショートさせるシーン。 その後も草原を全速力で走り去り、岩陰に隠れながらヘリコプターの追跡をいとも簡単に振りほどくなど、ミッションを確実に遂行していく様子はまさにスパイさながらです。 別のシーンでは、追跡や盗聴を恐れ冷蔵庫にスマホを入れるシーンやコピー機のネット接続による情報漏洩を気にする場面など、どうみても工作員にしか見えない様子に「この女性は一体何者なんだ」という疑問が益々膨らみます。 この意外な二面性が観ている側の興味を惹きつけ、ハットラやストーリーの続きを益々知りたくなってしまうポイントになっていた気がします。 もしハットラが『トゥームレーダー』に出てきたアンジェリーナ・ジョリーのような若くたくましい女性や、『バイオハザード』に出てくるミラ・ジョボヴィッチのような美貌良しスタイル抜群な女性であったら、ただのアクション映画になってしまっていたのではないでしょうか。 【解説】音楽隊による演出と絡みは中毒性がある! C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures もうひとつ、この作品の重要な役割を担っているのが、名もなき「謎の音楽隊」による演出です。 映画冒頭シーンから、ドラムのスネアを弾く音や管楽器が奏でる重低音によるオフビート。 「劇伴にしては何だかリアルな音だな…」と思って映画を観ていると、劇伴やサウンドトラックでも何でもなく、なんと劇中に謎の音楽隊が出てきてハットラのすぐ近くで演奏をしているという演出です。 この新鮮かつ斬新な演出にビックリするというよりは「ハズレ映画なのか?」と出鼻をくじかれたように少し心配になってしまいました。 ですがこの音楽隊、ハットラの心境とマッチングしていてBGM効果だけではなく主人公の感情の表現を表しているのです。 環境保護活動に燃え好戦的な感情のシーンではピアノ・ドラム・管楽器による男性バンドによる演奏、母性溢れる優しい感情の時には女性コーラス隊による民族音楽がシーンを盛り上げてくれます。 ちなみに映画鑑賞した人の中には気になった方も多いと思いますが、ピアノやドラム、管楽器を演奏していた役者たちは世界的にも有名な演奏者で、体に巻き付けるように担いで吹く管楽器の名前はスーザフォンと呼ばれる低音管楽器です。 また、コーラス隊の女性陣は花冠を付けたカラフルな服を着ていますが、実はあの衣装、養子として迎え入れるニーカの故郷ウクライナの民族衣装です。 アイディアやその感性には目を見張るものがありました。 巻き込まれる外国人観光者から見える皮肉 C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 映画の序盤から度々登場している外国人観光者の男性は、ハットラが事件を起こすたびにとばっちりを食らうコミカルな役どころですが、これは作品をユーモラスに描くためだけでなく、見方によっては有色人種差別への皮肉を浮き彫りにした演出のようにも感じ取れます。 肌が浅黒かったから容疑者になってしまったのか、それともただ単にその場に居合わせていたからなのかは鑑賞する側の受け取り方次第とも言えますが、言葉が通じない旅行客の彼に濡れ衣を着させるという脚本から監督の意図が現れているのではないかと勘ぐってしまいました。 さらに、映画を鑑賞した人なら気付いた人もいるかもしれませんが、この誤認逮捕をされ続けた彼が着ていたTシャツはキューバの革命家であるチェゲバラがプリントされたTシャツです。 チェゲバラと言えば、今となってはキューバ革命の立役者として有名な革命家ですが、当時を生きた人々たちにとっては救世主のような「活動家」でもあり、ボリビアで射殺された時は「テロリスト」として扱われたという、見る人によって全然認識が変わる2つの顔を持っていました。 現在のチェゲバラは歴史上の英雄として認識されていたり、有名な顔写真のプリントは反骨精神の象徴としての一面を持っています。 このTシャツ衣装やチェゲバラと同じくスペイン語を話す外国人の配役は、さすがに偶然ではなく監督が意図した演出だったのではないでしょうか。 チェゲバラとハットラのような活動家を重ね合わせ、見る人の価値観・時代・その時の政治情勢によって正義と悪の捉え方が変わるという、隠れたヒントだったのではないかと思いました。 【考察】アイスランドだからこそのテーマ性 C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 環境保護はグローバルな問題なので、どこの国にも共通するテーマではありますが、アイスランドが生み出した『たちあがる女』は説教じみた話にも感じず、ただただ環境問題と戦う女性を描いた作品です。 この映画の舞台でもあり、主人公ハットラが愛してやまない大自然が美しいアイスランドは北海道より一回りほどの大きさの国ですが、その国土の5分の4は非居住地となっています。 また、森林伐採などで豊かな森が殆どなくなり砂漠化も進む地域があったり、中国政府の一帯一路構想の影響もあって中国資本が進出している現状があるなど、環境問題やグローバリズムと地元住民の生活が隣り合わせになっている国でもあります。 そんな複雑な問題もあってハットラは熱心に というよりは過激な 環境保護活動をしていた訳ですが、アイスランドの映画であるからこそ、そのメッセージ性に切迫した危機感があり、世界へ向けて問題提起が発信できたのではないでしょうか。 劇中で何気なく映された洪水被害のテレビニュースや、ラストシーンで洪水の道を歩く様子などがサブリミナルのように無意識のうちに頭に焼き付いてしまいました。 一方、この作品の脚本に魅せられハリウッドでのリメイクが決定したようで、ジョディ・フォスターが監督・主演のアメリカ版『たちあがる女』の制作も決まったようですが、同じ脚本であったとしてもメッセージが中立的な立場で伝わるのかというと疑問があります。 また、移民や難民の受け入れが文化として根付き始めているアイスランドの状況や国内の養子縁組の現状と、ハットラがウクライナの内戦孤児を養子に迎え入れるという社会性も見事に表現できていました。 見慣れない北欧ののどかな雰囲気に聞き慣れない言語で進んでいくストーリー、色眼鏡で見る心配もない見知らぬ俳優たちだったからこそ、ハットラの行動の良い悪いは別にして、純粋に映画を楽しむことができるのではないでしょうか。 アイスランドの政治事情や環境破壊に打撃を受けている背景があってこその作品ともいえるので、ハリウッドリメイク版は「原作には敵わないのでは?」とも思う反面、どのような作品になるのか少し楽しみでもありますね。 【ネタバレ】ハットラとアウサの何とも言えない家族愛 C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 環境保護の観点は確かに素晴らしいと思いますが、ハットラの活動行為自体は犯罪には変わりありません。 この映画のクライマックスとして、見事な逃亡劇を繰り広げてきたハットラはDNA鑑定による双子の姉アウサの逮捕を知り、その後は自身が逮捕されてしまいます。 ウクライナの紛争孤児ニーカを迎えに行こうとする矢先の出来事だったので、彼女にとっては絶望的な気持ちだったでしょう。 手錠を掛けられるハットラが草原に頬を付けたときのシーンは、これまで彼女が大地を感じるために頬を付けていた心地良さそうな映像とは対照的で印象に強く残ります。 ですが面会室には監視モニターが設置されており、「一体どうやって替え玉するのか?」とハラハラしていましたが、ここでキーパーソンになったのは従弟もどきのスヴェインビヨルンです。 なんとハットラが高圧電線をショートさせリオ・ティント社のアルミニウム工場の電源を遮断していたように、彼もまた刑務所の停電を行うべくあの送電塔にいたのでした。 アウサは「ゆっくり瞑想ができる場所」としてインドへの渡航を夢見ていましたが、刑務所でも瞑想はできるという彼女の犠牲心に、観ている人の意見も分かれるのではないでしょうか。 正しい事・間違っている事という客観的な判断はともかく、アウサの家族愛やスヴェインビヨルンとの友情は、ハットラの人生にとって大きな革命を起こしました。 再び母親になるチャンスを貰ったハットラは無事にニーカを迎えラストシーンへと続いたのですが、そこにも音楽隊とコーラス隊がいたところを見ると、彼女はこれからも別の形で闘い続けるのではないでしょうか。 アウサの犠牲を考えると、もう同じ過ちを繰り返さないようにと願うばかりですね。 【ネタバレ考察】なぜ彼女は「たちあがった」のか? C 2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 原作のタイトルは「Woman At War」、直訳すると「戦火の女」と言ったところであう。 彼女は逮捕されるまでテロとも呼べる犯罪行為を繰り広げていたわけですが、一体なぜそこまでして戦い続けたのでしょうか。 一度は官僚のバルドヴィンから警告を受けて活動熱が治まったものの、見事「たちあがる」きっかけにもなるのはニーカの存在が大きかったのではないかと思います。 ニーカ本人は劇中での登場シーンが少なかったものの、ハットラにとっては養子縁組の書類の中にあったニーカの写真が強く印象に残り衝撃を与えることになりました。 色のない荒地をバックに綺麗な花を持った可愛らしいニーカの顔には笑顔がなく、観ている私たちにとっても胸を打たれるような印象的な写真です。 ハットラもこの写真を見た時に、母親として「工業化による環境破壊から子どもの未来を守ってあげたい」という強い信念が芽生え、結果的に声明文を撒き送電塔の破壊行為をさせたように感じました。 また、ニーカの故郷でもあるウクライナという国は紛争で不安定な環境にあるだけでなく、チェルノブイリ原子力発電所事故があった場所でもあります。 最近ではシリア難民がアイスランドに移住し、アイスランド政府も迎え入れの制度を導入しているので、ストーリー設定としてはシリアの孤児のほうがアイスランドの人たちにはリアルな印象を与えるはずです。 ですが監督は敢えてウクライナの孤児という設定にし、養子縁組・環境保護・反グローバリゼーションの観点から作品を描いたのではないでしょうか。 映画鑑賞者のイデオロギーの違いからラストの着地点には賛否両論ありそうな作品でしたが、アイスランドのお国柄とベネディクト・エルリングソン監督だからできた秀逸な映画だった気がします。 演出・映像・脚本とバランスが良かったので、アート映画好きだけでなく誰が観ても楽しめる外国映画でした。

次の

『たちあがる女』感想

たちあがる女 感想

「たちあがる女」ってタイトルで主人公女性は独身中年女性、立ち上がるとかいうくらいですから何かに立ち向かうのか、パワハラセクハラジェンダー家族いろいろ想像できますが牧歌的なチラシを観る限りほのぼのライトコメディであるだろうなと思い込んでいて、つまりまたもやこのような傑作映画を勝手に勘違いして舐めていたら大火傷を食らってしまったという「たちあがる女」です。 モダンタイプ超虚構コメディ この映画はほのぼのしい映画ではありますが同時に童話的ファンタジーでアクションヒーロークライム映画で且つメタ・フィクション系のモダンタイプ映画で肝心なところは女性映画として〆ます。 最後のほう、大雨で水に浸かるシーンなんかはこれまでのテイストをすべて放棄してアートの領域にまで踏み込みます。 このエンディングは「フレンチアルプスで起きたこと」を彷彿とさせるかもしれません。 つまり交ぜこぜの映画です。 北欧だからとかあまり言いたくありませんが北欧的だなと思う人がいても文句はありません。 純粋環境テロリストの伝説 野生の息吹 冒頭いきなりおばちゃんが大きな弓を引いて矢をぶっ放すシーンにたまげます。 「おっ」って身を乗り出し、その後のおばちゃんの荒野を駆け抜ける野生的シーンで「このおばちゃん、ゼルダの伝説野生の息吹やで」と興奮し、さらに最初から気になっていたカッコいいBGMの演奏家登場でこの映画の正体を突きつけられ襟を正します。 たちあがる女ゼルダ風 ほのぼのライトコメディどころか、いきなり環境テロリストばりに一人巨悪に闘いを挑んでいるワイルドおばちゃんです。 地球環境に危機感を抱き左翼的正義感に突き動かされてグローバル企業に闘いを挑むヒーローで普段は合唱の先生で家にはマンデラとガンジーの写真を飾りマンデラのお面まで作っていて、独身長くてこどもがほしいから養子縁組の申し込みなんかをしていて今度ウクライナの女の子を引き受けるのよわくわく、というね。 なんという面白いキャラ設定ですかと。 このおばちゃんまじ凄くて、環境テロ関連のエピソードではアクション映画ばりに野を駆ける戦士です。 カルメン・マウラとジョディ・フォスターを足して割ったようなお顔で普段の穏やかな状態と戦士のシーンの幅広い演技を披露します。 ジョディ・フォスターと言えば「」での役柄ありましたよね、「たちあがる女」の主人公はあれにとてもよく似た設定です。 思想 胸の空くような左翼のおばちゃん設定です。 正確には左翼でも何でもありません、イデオロギーとは無縁ですから。 一般的に印象としての左翼風です。 これを「たちあがる女」では正しいと設定するでもなく小馬鹿にするでもなく肯定的でも否定的でもなく、でも根本的には人として間違っているわけではなくてその発露や考えなしの短絡思想は変であるが微笑ましいものという印象を残すギリギリのところで描きます。 そのさじ加減、絶妙にいいです。 なにより、この主人公のおばちゃん、何かに追い詰められたとか苦しんだ末とか、そういう負のエネルギーのためではなく純然たる自信と確信を持って戦いに挑むっていうポジティブさが見ていてすがすがしいです。 「人の法を越えた法がある」という傲慢な一言についての波紋を呼ぶシーンがありまして、そういうところも外しません。 民主主義かつ法治国家を根幹から否定するこの思想はとても危険です。 でもうっかりさんはすぐこういうことを悪気なく思ってしまうんですね。 「たちあがる女」ではセンス良くこれをさらりと表現します。 ということでうっかり政治用語を出してしまったからにはこのあと40行くらいまた政治的発言を繰り出したわけですが削除して次行きます。 人 「たちあがる女」の主人公にはほぼ同一人物の双子の姉がいます。 最後とか、まさかの安直さをひっさげた見せ場もあります。 ここで一瞬「犠牲かよっ」とツッコミたくもなりますがもともとほぼ同一人物なのでそういう厭らしい考えも笑って通り過ぎます。 いつもとばっちりを食らうスペイン語を話す旅行者もいます。 スペインマニアとしてはこのキャラだけでおいしすぎてお腹いっぱいです。 でも私知ってるスペイン語は「オラ」と「グラシアス」と「ブータ」だけです。 こうしたジャンル映画的定番キャラが生き生きするのも、この映画のヘンテコリンなところですね。 いとこかもしれないいとこもどきも大事な人物です。 こちらもジャンル映画としてのアクションアドベンチャーには欠かせない設定のキャラですね。 堂々とそういう役割で登場します。 でもさすがに一捻りしていて、おうちで姉を迎えるシーンなんかはそれこそ狙ったような北欧っぽさに痺れます。 音楽 冒頭からカッコいい音楽が流れて「この音楽かっこええなあ。 この音楽真似したいなあ」とか思っていたら当の演奏者も登場します。 もちろんドグマ95とは何の関係もない映画ですが、かといって一発小ネタギャグでもないんですねこれが。 後ほどはウクライナの女声合唱団も登場します。 「ブルガリアンボイスはたまらんのう」と思っていたんですがウクライナのコーラスとのことで、どう違うのかよくわからないけど、とにかく「たちあがる女」の演奏家は主要登場人物です。 この映画は音楽映画でもあります。 そしてここに登場する音楽の素晴らしいことったら。 この映画の音楽を作った人は「馬々と人間たち」の音楽も担当したダヴィド・ソール・ヨンソンて人です。 出演者クレジットを書きましたがそのうち三人はダヴィド・ソール・ヨンソンを含む演奏家、三人がコーラス隊です。 よく調べていないのでわからないですけど、多分役者ではなく音楽家たちですよね。 わからないなりにここで説明書きでも入れておきましょう。 イリーナ・ダニレイコ … ウクライナの合唱歌手• ガリーナ・ゴンチャレンコ … ウクライナの合唱歌手• スザンナ・カルペンコ … ウクライナ合唱歌手(スザンナ・クルペンコ役)• マグヌース・トリグバソン・エリアセン … ドラマー• オマール・グジョンソン … スーザフォンプレーヤー• ダヴィド・ソール・ヨンソン… ピアニスト これ以外にも、合唱団のみんながいい仕事しています。 YouTubeは「たちあがる女」についてのダヴィド・ソール・ヨンソンのビデオですね。 「たちあがる女」でした。 最近、油断していたり全然知らなかった傑作にやたら当たる確率が高くてちょっとひるみます。

次の