元号 西暦早見表。 【2020年版】年齢早見表|西暦・和暦・年齢をまとめて調べよう

西暦和暦年齢一覧表(1800年代・寛政12年~)

元号 西暦早見表

ご来訪ありがとうございます。 拓麻呂です。 始まりと終わりには諸説ある戦国時代。 長く見積もって、室町時代の後半~安土桃山時代、そして江戸時代の初期あたりまでと捉えることができるのかなと思います。 そうすると、およそ100年間くらいが戦国時代になるのですが、その間にもたくさんの元号が使われてきました。 そこで、この記事では戦国時代に使用された元号と西暦の早見表と、各元号の間に起こった主な出来事、生まれた武将や亡くなった有名武将などお伝えしていきます。 今回は、 近年戦国時代の始まりとして有力な『1493年 明応の政変(めいおうのせいへん)』から、豊臣家が滅亡した『1615年 大阪夏の陣』までを取り扱っていきます。 戦国時代の元号と西暦早見表 まずは、戦国時代の元号と西暦の早見表です。 それでは 以下より、各元号での主な出来事や、生まれた主な武将、亡くなった主な武将を紹介していきます。 必要な際には、ぜひお役立てください。

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概要 [ ]• 以前の元号については読み方が明示されなかったため、下に示した読み方は例示である。 これは、ヨーロッパのカトリック諸国で、天正年間に当たる1582年(天正10年)に、従来のユリウス暦からグレゴリオ暦が導入されたためである。 の日付は、は翌日改元、は翌月改元だが、までの多くは当年(年初)から改元する年初改元、・は当日(日初)から改元する当日改元だった。 これらは過去にさかのぼって改元するため、各元号の有効な期間は、• その後の文書で当時の日付に言及する場合• 当時の文書でそのときの日付に言及した場合 のいずれかで異なる。 この表の日付は主に後者であり、年初改元や当日改元は遡時を無視して改元公布の瞬間を元号の切り替わりとみなしている。 すなわち、当日は新旧双方の元号に(一部ずつが)属す。 しかしこれは(改元後の)公的な扱いとは異なる。 法令や標準が整備されている明治以降に関しては、公文書等で使われる、前者の日付も記すこととする。 これでは、新元号は当年初めまたは当日初めにさかのぼって始まり、旧元号はその前日に終わっている。 現在の元号 [ ] 元号名(読み) 初日年月日 現年数 現在位年月日数 天皇名 (れいわ) 令和元年() 2年 1年2か月と17日 () およびに基づく、()の退位および徳仁(今上天皇)の即位(による)による。 元号一覧 [ ] 飛鳥時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 たいか 4年 () 大化6年 () 6年 天下安寧、政化敷行による。 はくち 大化6年2月15日 (650年3月22日) 白雉5年 () 5年 の国司がを献上した祥瑞による改元。 - - 白雉5年10月10日 (654年11月24日) 15年 () 32年 - 孝徳天皇の後、新たな元号は定められず。 しゅちょう 天武天皇15年7月20日 (686年8月14日) 朱鳥元年 (686年) 1年 天武天皇 (不明) すちょう あかみとり - - 朱鳥元年9月9日 (686年10月1日) 5年 () 15年 - 天武天皇の崩御後、新たな元号は定められず。 たいほう 文武天皇5年3月21日 (701年5月3日) 大宝4年 () 4年 文武天皇 からが献上された事による改元。 だいほう けいうん 大宝4年5月10日 (704年6月16日) 慶雲5年 () 5年 西楼上に慶雲を見た祥瑞による改元。 きょううん わどう 慶雲5年1月11日 (708年2月7日) 和銅8年 () 8年 より和銅が献上された祥瑞による改元。 奈良時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 れいき 和銅8年9月2日 (715年10月3日) 霊亀3年 () 3年 元正天皇の即位、より瑞亀が献上された祥瑞による改元。 ようろう 霊亀3年11月17日 (717年12月24日) 養老8年 (724年) 8年 の美泉の祥瑞による改元。 じんき 養老8年2月4日 (724年3月3日) 神亀6年 (729年) 6年 白亀を献上された祥瑞による改元。 てんぴょう 神亀6年8月5日 (729年9月2日) 天平21年 (749年) 21年 が背に「天王貴平知百年」と文のある亀を献上した祥瑞による改元。 てんぴょうかんぽう 天平21年4月14日 (749年5月4日) 天平感宝元年 (749年) 1年 から黄金を献上された祥瑞による改元。 てんぴょうしょうほう 天平感宝元年7月2日 (749年8月19日) 天平勝宝9年 () 9年 孝謙天皇即位による改元。 てんぴょうほうじ 天平勝宝9年8月18日 (757年9月6日) 天平宝字9年 () 9年 宮中でが「五月八日開下帝釋標知天皇命百年息」の文字を成し、でも瑞字を生じた祥瑞による改元。 称徳天皇 てんぴょうじんご 天平宝字9年1月7日 (765年2月1日) 天平神護3年 () 3年 重祚による改元。 じんごけいうん 天平神護3年8月16日 (767年9月13日) 神護景雲4年 () 4年 慶雲の祥瑞による改元。 ほうき 神護景雲4年10月1日 (770年10月23日) 宝亀12年 () 12年 より白亀が献上された祥瑞による改元。 てんおう 宝亀12年1月1日 (781年1月30日) 天応2年 () 2年 美雲の祥瑞による改元。 てんのう えんりゃく 天応2年8月19日 (782年9月30日) 延暦25年 () 25年 桓武天皇践祚による改元。 平安時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 だいどう 延暦25年5月18日 (806年6月8日) 大同5年 () 5年 平城天皇践祚による改元。 こうにん 大同5年9月19日 (810年10月20日) 弘仁15年 () 15年 嵯峨天皇践祚による改元。 てんちょう 弘仁15年1月5日 (824年2月8日) 天長11年 () 11年 淳和天皇践祚による改元。 じょうわ 天長11年1月3日 (834年2月14日) 承和15年 () 15年 仁明天皇践祚による改元。 しょうわ かしょう 承和15年6月13日 (848年7月16日) 嘉祥4年 () 4年 から白亀が献じられた瑞祥による改元。 かじょう にんじゅ 嘉祥4年4月28日 (851年6月1日) 仁寿4年 () 4年 文徳天皇即位、白亀・甘露の瑞祥による改元。 さいこう 仁寿4年11月30日 (854年12月23日) 斉衡4年 () 4年 から醴泉の瑞を献上された事による改元。 てんあん 斉衡4年2月21日 (857年3月20日) 天安3年 () 3年 ・両国より白鹿、連理の樹が献上された祥瑞による改元。 てんなん じょうがん 天安3年4月15日 (859年5月20日) 貞観19年 (6月1日) 19年 清和天皇践祚による改元。 がんぎょう 貞観19年4月16日 (877年6月1日) 元慶9年2月21日 () 9年 陽成天皇践祚、白雉・白鹿献上の瑞祥による改元。 にんな 元慶9年2月21日 (885年3月11日) 仁和5年 () 5年 光孝天皇践祚による改元。 にんわ かんぴょう 仁和5年4月27日 (889年5月30日) 寛平10年 (5月20日) 10年 宇多天皇践祚による改元。 かんぺい かんへい しょうたい 寛平10年4月26日 (898年5月20日) 昌泰4年 () 4年 醍醐天皇践祚による改元。 えんぎ 昌泰4年7月15日 (901年8月31日) 延喜23年 () 23年 、天変による改元。 えんちょう 延喜23年閏4月11日 (923年5月29日) 延長9年4月26日 () 9年 水潦、疾疫による改元。 じょうへい 延長9年4月26日 (931年5月16日) 承平8年 () 8年 朱雀天皇践祚による改元。 しょうへい てんぎょう 承平8年5月22日 (938年6月22日) 天慶10年 () 10年 厄運、地震、御慎による改元。 てんきょう てんりゃく 天慶10年4月22日 (947年5月15日) 天暦11年 () 11年 村上天皇践祚による改元。 てんとく 天暦11年10月27日 (957年11月21日) 天徳5年 () 5年 水旱による改元。 おうわ 天徳5年2月16日 (961年3月5日) 応和4年 (8月19日) 4年 辛酉革命、皇居火災などによる改元。 こうほう 応和4年7月10日 (964年8月19日) 康保5年 () 5年 、旱魃による改元。 あんな 康保5年8月13日 (968年9月8日) 安和3年 (5月3日) 3年 冷泉天皇践祚による改元。 あんわ てんろく 安和3年3月25日 (970年5月3日) 天禄4年 () 4年 円融天皇践祚による改元。 てんえん 天禄4年12月20日 (974年1月16日) 天延4年 () 4年 天変、地震による改元。 じょうげん 天延4年7月13日 (976年8月11日) 貞元3年 () 3年 、地震による改元。 てんげん 貞元3年11月29日 (978年12月31日) 天元6年4月15日 (5月29日) 6年 災変、陽五厄による改元。 えいかん 天元6年4月15日 (983年5月29日) 永観3年4月27日 () 3年 干魃、皇居火災などによる改元。 かんな 永観3年4月27日 (985年5月19日) 寛和3年 () 3年 花山天皇践祚による改元。 かんわ えいえん 寛和3年4月5日 (987年5月5日) 永延3年 () 3年 一条天皇践祚による改元。 えいそ 永延3年8月8日 (989年9月10日) 永祚2年 () 2年 彗星、地震など天変災異による改元。 しょうりゃく 永祚2年11月7日 (990年11月26日) 正暦6年 () 6年 大風、天変による改元。 ちょうとく 正暦6年2月22日 (995年3月25日) 長徳5年 (2月1日) 5年 疾疫、天変による改元。 ちょうほう 長徳5年1月13日 (999年2月1日) 長保6年 () 6年 天変、炎旱による改元。 かんこう 長保6年7月20日 (1004年8月8日) 寛弘9年 (2月8日) 9年 天変地妖による改元。 ちょうわ 寛弘9年12月25日 (1013年2月8日) 長和6年 () 6年 三条天皇践祚による改元。 かんにん 長和6年4月23日 (1017年5月21日) 寛仁5年 () 5年 後一条天皇践祚による改元。 じあん 寛仁5年2月2日 (1021年3月17日) 治安4年7月13日 () 4年 辛酉革命による改元。 まんじゅ 治安4年7月13日 (1024年8月19日) 万寿5年 () 5年 甲子革令による改元。 ちょうげん 万寿5年7月25日 (1028年8月18日) 長元10年 () 10年 疫病、炎旱による改元。 ちょうりゃく 長元10年4月21日 (1037年5月9日) 長暦4年 () 4年 後朱雀天皇践祚による改元。 ちょうきゅう 長暦4年11月10日 (1040年12月16日) 長久5年 (12月16日) 5年 災変、焼失による改元。 かんとく 長久5年11月24日 (1044年12月16日) 寛徳3年4月14日 () 3年 疾疫、干魃による改元。 えいしょう 寛徳3年4月14日 (1046年5月22日) 永承8年1月11日 () 8年 後冷泉天皇践祚による改元。 えいじょう てんぎ 永承8年1月11日 (1053年2月2日) 天喜6年 () 6年 天変、怪異による改元。 てんき こうへい 天喜6年8月29日 (1058年9月19日) 康平8年 () 8年 、の火災による改元。 じりゃく 康平8年8月2日 (1065年9月4日) 治暦5年 () 5年 旱魃、三合厄による改元。 えんきゅう 治暦5年4月13日 (1069年5月6日) 延久6年 () 6年 後三条天皇践祚による改元。 じょうほう 延久6年8月23日 (1074年9月16日) 承保4年11月17日 () 4年 白河天皇践祚、三合厄による改元。 しょうほう じょうりゃく 承保4年11月17日 (1077年12月5日) 承暦5年 (3月22日) 5年 旱魃、疱瘡の流行による改元。 しょうりゃく えいほう 承暦5年2月10日 (1081年3月22日) 永保4年 () 4年 辛酉革命による改元。 おうとく 永保4年2月7日 (1084年3月15日) 応徳4年 () 4年 甲子革令による改元。 かんじ 応徳4年4月7日 (1087年5月11日) 寛治8年 () 8年 堀河天皇践祚による改元。 かほう 寛治8年12月15日 (1095年1月23日) 嘉保3年 () 3年 疱瘡の流行による改元。 えいちょう 嘉保3年12月17日 (1097年1月3日) 永長2年 (1097年) 2年 天変、地震()による改元。 じょうとく 永長2年11月21日 (1097年12月27日) 承徳3年 () 3年 天変、地震による改元。 しょうとく こうわ 承徳3年8月28日 (1099年9月15日) 康和6年2月10日 () 6年 地震()、疾病による改元。 ちょうじ 康和6年2月10日 (1104年3月8日) 長治3年 () 3年 天変による改元。 かしょう 長治3年4月9日 (1106年5月13日) 嘉承3年 () 3年 彗星による改元。 かじょう てんにん 嘉承3年8月3日 (1108年9月9日) 天仁3年7月13日 () 3年 鳥羽天皇践祚による改元。 てんえい 天仁3年7月13日 (1110年7月31日) 天永4年7月13日 () 4年 彗星の出現による改元。 えいきゅう 天永4年7月13日 (1113年8月25日) 永久6年 () 6年 天変、兵革、疫疾などによる改元。 げんえい 永久6年4月3日 (1118年4月25日) 元永3年 (5月9日) 3年 天変、疾疫による改元。 ほうあん 元永3年4月10日 (1120年5月9日) 保安5年4月3日 () 5年 天変、厄運による改元。 てんじ 保安5年4月3日 (1124年5月18日) 天治3年 (2月15日) 3年 崇徳天皇践祚による改元。 だいじ 天治3年1月22日 (1126年2月15日) 大治6年 () 6年 疱瘡の流行による改元。 てんしょう 大治6年1月29日 (1131年2月28日) 天承2年 () 2年 炎旱、天変による改元。 てんじょう ちょうしょう 天承2年8月11日 (1132年9月21日) 長承4年4月27日 () 4年 疾疫、怪異による改元。 ほうえん 長承4年4月27日 (1135年6月10日) 保延7年7月10日 () 7年 飢饉、疫疾、洪水による改元。 えいじ 保延7年7月10日 (1141年8月13日) 永治2年4月28日 () 2年 辛酉革命による改元。 こうじ 永治2年4月28日 (1142年5月25日) 康治3年 () 3年 近衛天皇践祚による改元。 てんよう 康治3年2月23日 (1144年3月28日) 天養2年 () 2年 甲子革令による改元。 きゅうあん 天養2年7月22日 (1145年8月12日) 久安7年 (2月14日) 7年 彗星の出現による改元。 にんぺい 久安7年1月26日 (1151年2月14日) 仁平4年 () 4年 彗星の出現による改元。 にんぴょう きゅうじゅ 仁平4年10月28日 (1154年12月4日) 久寿3年4月27日 (5月18日) 3年 変異、厄運による改元。 ほうげん 久寿3年4月27日 (1156年5月18日) 保元4年 (5月9日) 4年 後白河天皇践祚による改元。 へいじ 保元4年4月20日 (1159年5月9日) 平治2年 () 2年 二条天皇せ践祚による改元。 えいりゃく 平治2年1月10日 (1160年2月18日) 永暦2年 () 2年 兵乱による改元。 おうほう 永暦2年9月4日 (1161年9月24日) 応保3年 (5月4日) 3年 疱瘡の流行による改元。 おうほ ちょうかん 応保3年3月29日 (1163年5月4日) 長寛3年 () 3年 天変、疱瘡による改元。 えいまん 長寛3年6月5日 (1165年7月14日) 永万2年 () 2年 天変、怪異、疾疫などによる改元。 にんあん 永万2年8月27日 (1166年9月23日) 仁安4年 (5月6日) 4年 六条天皇践祚による改元。 かおう 仁安4年4月8日 (1169年5月6日) 嘉応3年4月21日 () 3年 高倉天皇践祚による改元。 じょうあん 嘉応3年4月21日 (1171年5月27日) 承安5年 () 5年 災変、厄会による改元。 あんげん 承安5年7月28日 (1175年8月16日) 安元3年 () 3年 疱瘡の流行による改元。 じしょう 安元3年8月4日 (1177年8月29日) 治承5年 (8月25日) 5年 大極殿の火災、天変による改元。 ようわ 治承5年7月14日 (1181年8月25日) 養和2年 () 2年 安徳天皇践祚による改元。 じゅえい 養和2年5月27日 (1182年6月29日) 寿永3年4月16日 (5月27日) 3年 飢饉、兵革、病事による改元。 げんりゃく 寿永3年4月16日 (1184年5月27日) 元暦2年 (9月9日) 2年 後鳥羽天皇践祚による改元。 治承5年(1181年)、が実権を握る中で、の外孫であるが即位し、「」へ改元された。 朝廷でのこの動きに対し、対立するのは、「養和」と「」の元号を使わず、「治承」を引き続き使用した。 関東政権による「治承」の継続使用は、寿永3年(治承8年、1184年)に源氏が京都を占領し、擁立したの即位によって「」へ改元されるまで続く。 一方、平氏一門は都落ちした後も安徳天皇を擁し、元暦2年(寿永4年、1185年)ので滅亡するまで、引続き「寿永」を使用した。 鎌倉時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 ぶんじ 元暦2年8月14日 (1185年9月9日) 文治6年4月11日 (5月16日) 6年 後鳥羽天皇 地震()による改元。 兵革を理由とする説もあり。 けんきゅう 文治6年4月11日 (1190年5月16日) 建久10年4月27日 () 10年 三合による改元。 しょうじ 建久10年4月27日 (1199年5月23日) 正治3年 () 3年 土御門天皇践祚による改元。 けんにん 正治3年2月13日 (1201年3月19日) 建仁4年 () 4年 辛酉革命による改元。 げんきゅう 建仁4年2月20日 (1204年3月23日) 元久3年4月27日 () 3年 甲子革令による改元。 けんえい 元久3年4月27日 (1206年6月5日) 建永2年 () 2年 改元は以下の説によるものとみられている。 を原因とする説• ・の急死を原因とする説 じょうげん 建永2年10月25日 (1207年11月16日) 承元5年 () 5年 改元の原因には以下の説がある。 三合を原因とする説• を原因とする説 けんりゃく 承元5年3月9日 (1211年4月23日) 建暦3年 () 3年 順徳天皇践祚による改元。 けんぽう 建暦3年12月6日 (1214年1月18日) 建保7年 (5月27日) 7年 地震による改元と見られている。 じょうきゅう 建保7年4月12日 (1219年5月27日) 承久4年4月13日 (5月25日) 4年 と三合による改元。 じょうおう 承久4年4月13日 (1222年5月25日) 貞応3年 (12月31日) 3年 後堀河天皇践祚による改元。 げんにん 貞応3年11月20日 (1224年12月31日) 元仁2年4月20日 () 2年 天変炎旱による改元。 かろく 元仁2年4月20日 (1225年5月28日) 嘉禄3年 (1月18日) 3年 改元の理由は「」の項目を参照。 あんてい 嘉禄3年12月10日 (1228年1月18日) 安貞3年 () 3年 天変が相次いだため、また、三合や疱瘡の流行による改元。 かんぎ 安貞3年3月5日 (1229年3月31日) 寛喜4年 (4月23日) 4年 、による改元。 じょうえい 寛喜4年4月2日 (1232年4月23日) 貞永2年4月15日 (5月25日) 2年 (不明) てんぷく 貞永2年4月15日 (1233年5月25日) 天福2年 () 2年 (不明) ぶんりゃく 天福2年11月5日 (1234年11月27日) 文暦2年9月19日 () 2年 天変地震による改元。 かてい 文暦2年9月19日 (1235年11月1日) 嘉禎4年 () 4年 地震頻発による改元。 りゃくにん 嘉禎4年11月23日 (1238年12月30日) 暦仁2年2月7日 () 2年 天変による改元。 えんおう 暦仁2年2月7日 (1239年3月13日) 延応2年 () 2年 天変や地震による改元。 にんじ 延応2年7月16日 (1240年8月5日) 仁治4年 () 4年 、地震、旱魃などによる改元。 かんげん 仁治4年2月26日 (1243年3月18日) 寛元5年 () 5年 後嵯峨天皇践祚による改元。 ほうじ 寛元5年2月28日 (1247年4月5日) 宝治3年 () 3年 後深草天皇践祚による改元。 けんちょう 宝治3年3月18日 (1249年5月2日) 建長8年 () 8年 天変や火災による改元。 こうげん 建長8年10月5日 (1256年10月24日) 康元2年 (3月31日) 2年 赤斑瘡による改元とみられている。 しょうか 康元2年3月14日 (1257年3月31日) 正嘉3年 () 3年 などの施設の焼失が相次いだことによる改元。 しょうげん 正嘉3年3月26日 (1259年4月20日) 正元2年4月13日 () 2年 (不明) ぶんおう 正元2年4月13日 (1260年5月24日) 文応2年2月20日 (3月22日) 2年 亀山天皇践祚による改元。 こうちょう 文応2年2月20日 (1261年3月22日) 弘長4年2月28日 () 4年 辛酉革命による改元。 ぶんえい 弘長4年2月28日 (1264年3月27日) 文永12年 (5月22日) 12年 甲子革令による改元。 けんじ 文永12年4月25日 (1275年5月22日) 建治4年 (3月23日) 4年 (不明) こうあん 建治4年2月29日 (1278年3月23日) 弘安11年4月28日 (5月29日) 11年 疫病による改元とみられている。 しょうおう 弘安11年4月28日 (1288年5月29日) 正応6年8月5日 (9月6日) 6年 伏見天皇践祚による改元。 えいにん 正応6年8月5日 (1293年9月6日) 永仁7年4月25日 (5月25日) 7年 天変との地震による改元。 しょうあん 永仁7年4月25日 (1299年5月25日) 正安4年11月21日 () 4年 後伏見天皇践祚による改元。 けんげん 正安4年11月21日 (1302年12月10日) 乾元2年8月5日 (9月16日) 2年 後二条天皇践祚による改元。 かげん 乾元2年8月5日 (1303年9月16日) 嘉元4年 (1月18日) 4年 彗星と日照りによる改元。 とくじ 嘉元4年12月14日 (1307年1月18日) 徳治3年 () 3年 天変による改元。 えんきょう 徳治3年10月9日 (1308年11月22日) 延慶4年4月28日 () 4年 花園天皇践祚による改元。 おうちょう 延慶4年4月28日 (1311年5月17日) 応長2年 () 2年 による改元。 しょうわ 応長2年3月20日 (1312年4月27日) 正和6年 () 6年 天変地震による改元。 ぶんぽう 正和6年2月3日 (1317年3月16日) 文保3年4月28日 (5月18日) 3年 大地震などによる改元。 げんおう 文保3年4月28日 (1319年5月18日) 元応3年2月23日 (3月22日) 3年 後醍醐天皇践祚による改元。 げんこう 元応3年2月23日 (1321年3月22日) 元亨4年 () 4年 辛酉革命による改元。 しょうちゅう 元亨4年12月9日 (1324年12月25日) 正中3年4月26日 (5月28日) 3年 甲子革令による改元。 かりゃく 正中3年4月26日 (1326年5月28日) 嘉暦4年8月29日 () 4年 疫病と地震による改元。 げんとく 嘉暦4年8月29日 (1329年9月22日) :元徳3年 () :元徳4年4月28日 (5月23日) 大覚寺統:3年 持明院統:4年 疫病による改元。 元徳3年(1331年)、(大覚寺統)の倒幕計画発覚後、天皇は「」に改元した。 しかし、は改元を認めず、「」を使い続けるとともに(持明院統)を擁立した。 大覚寺統 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 げんこう 元徳3年8月9日 (1331年9月11日) 元弘4年1月29日 (3月5日) 4年 後醍醐天皇 (不明) 鎌倉幕府に擁立された光厳天皇は「」に改元。 後醍醐天皇はに流される。 持明院統 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 しょうけい 元徳4年4月28日 (1332年5月23日) 正慶2年 () 2年 光厳天皇践祚による改元。 しょうきょう 配流先の隠岐から帰京した後醍醐天皇は、光厳天皇の即位と「正慶」の元号の無効を宣言。 を始めた後醍醐天皇は、「」に改元する()。 南北朝時代・室町時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 けんむ 元弘4年1月29日 (1334年3月5日) 南朝:建武3年2月29日 () 北朝:建武5年8月28日 () 南朝:3年 北朝:5年 後醍醐天皇 (不明) 建武の新政(建武政権)は2年足らずで崩壊し、が離反。 建武3年(1336年)には「延元」に改元した。 これに対して尊氏は入京してを擁立し、「建武」の元号を使い続ける。 後醍醐天皇は一旦和睦したものの再び京を脱出してへ逃れ、が成立した。 南朝(大覚寺統) [ ]• 以降の元号は改元史料を欠き、正確な始期を明らかにし難い。 を除いて、『』『』以来の通説を掲げる。 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 えんげん 建武3年2月29日 (1336年4月11日) 延元5年 () 5年 後醍醐天皇 による改元。 こうこく 延元5年4月28日 (1340年5月25日) 興国7年 () 7年 後村上天皇践祚による改元とみられている。 また2000年を記念したものか。 しょうへい 興国7年12月8日 (1347年1月20日) 正平25年 () 25年 天変や兵革による改元か。 けんとく 正平25年7月24日 (1370年8月16日) 建徳3年 () 3年 長慶天皇践祚による改元とみられている。 ぶんちゅう 建徳3年4月 (1372年5月) 文中4年 () 4年 災異による改元とみられている。 てんじゅ 文中4年5月27日 (1375年6月26日) 天授7年 () 7年 地震災害による改元か。 こうわ 天授7年2月10日 (1381年3月6日) 弘和4年 () 4年 辛酉革命による改元。 げんちゅう 弘和4年4月28日 (1384年5月18日) 元中9年 () 9年 後亀山天皇践祚および甲子革令による改元。 元中9年(1392年)、後亀山天皇が退位して南北朝合一が成った()。 元号は「明徳」に統一された。 北朝(持明院統) [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 「延元」への改元・南朝成立後も、・足利方では引き続き「建武」の元号を使用した。 りゃくおう 建武5年8月28日 (1338年10月11日) 暦応5年4月27日 (6月1日) 5年 (不明) れきおう こうえい 暦応5年4月27日 (1342年6月1日) 康永4年 () 4年 天変や疫病による改元。 じょうわ 康永4年10月21日 (1345年11月15日) 貞和6年 () 6年 天変や疫病による改元。 ていわ かんのう 貞和6年2月27日 (1350年4月4日) 観応3年 () 3年 崇光天皇践祚による改元。 かんおう ぶんな 観応3年9月27日 (1352年11月4日) 文和5年 () 5年 後光厳天皇践祚による改元。 ぶんわ えんぶん 文和5年3月28日 (1356年4月29日) 延文6年3月29日 (5月4日) 6年 兵革による改元。 こうあん 延文6年3月29日 (1361年5月4日) 康安2年 (10月11日) 2年 (不明) じょうじ 康安2年9月23日 (1362年10月11日) 貞治7年 () 7年 天変や兵革による改元。 ていじ おうあん 貞治7年2月18日 (1368年3月7日) 応安8年2月27日 () 8年 疫病や天変による改元。 えいわ 応安8年2月27日 (1375年3月29日) 永和5年 () 5年 後円融天皇践祚による改元。 こうりゃく 永和5年3月22日 (1379年4月9日) 康暦3年 (3月20日) 3年 疫病や兵革による改元。 えいとく 康暦3年2月24日 (1381年3月20日) 永徳4年2月27日 (3月19日) 4年 辛酉革命による改元。 しとく 永徳4年2月27日 (1384年3月19日) 至徳4年8月23日 () 4年 甲子革令による改元。 かけい 至徳4年8月23日 (1387年10月5日) 嘉慶3年 (3月7日) 3年 疫病による改元。 かきょう こうおう 嘉慶3年2月9日 (1389年3月7日) 康応2年3月26日 () 2年 病事による改元とみられている。 めいとく 康応2年3月26日 (1390年4月12日) 明徳5年 () 5年 天変や兵革による改元。 南北朝合一後 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 おうえい 明徳5年7月5日 (1394年8月2日) 応永35年4月27日 (6月10日) 35年 後小松天皇 疫病(疱瘡)の流行による改元。 しょうちょう 応永35年4月27日 (1428年6月10日) 正長2年 (10月3日) 2年 称光天皇践祚による改元。 えいきょう 正長2年9月5日 (1429年10月3日) 永享13年 () 13年 後花園天皇践祚による改元。 かきつ 永享13年2月17日 (1441年3月10日) 嘉吉4年 () 4年 辛酉革命による改元。 ぶんあん 嘉吉4年2月5日 (1444年2月23日) 文安6年7月28日 (8月16日) 6年 甲子革令による改元。 ほうとく 文安6年7月28日 (1449年8月16日) 宝徳4年7月25日 () 4年 (不明) きょうとく 宝徳4年7月25日 (1452年8月10日) 享徳4年7月25日 (9月6日) 4年 三合の厄を避けるためによる改元。 こうしょう 享徳4年7月25日 (1455年9月6日) 康正3年 () 3年 (不明) ちょうろく 康正3年9月28日 (1457年10月16日) 長禄4年 (2月1日) 4年 (不明) かんしょう 長禄4年12月21日 (1461年2月1日) 寛正7年2月28日 () 7年 飢饉による改元。 ぶんしょう 寛正7年2月28日 (1466年3月14日) 文正2年3月5日 (4月9日) 2年 戦国時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 おうにん 文正2年3月5日 (1467年4月9日) 応仁3年4月28日 (6月8日) 3年 後土御門天皇 災異による改元。 ぶんめい 応仁3年4月28日 (1469年6月8日) 文明19年7月20日 () 19年 災異による改元。 ちょうきょう 文明19年7月20日 (1487年8月9日) 長享3年 (9月16日) 3年 戦乱や疫病などによる改元。 えんとく 長享3年8月21日 (1489年9月16日) 延徳4年 (8月12日) 4年 (不明) めいおう 延徳4年7月19日 (1492年8月12日) 明応10年2月29日 (3月18日) 10年 疫病などによる改元。 ぶんき 明応10年2月29日 (1501年3月18日) 文亀4年 (3月16日) 4年 後柏原天皇践祚、および辛酉革命による改元。 えいしょう 文亀4年2月30日 (1504年3月16日) 永正18年8月23日 (9月23日) 18年 甲子革令による改元。 たいえい 永正18年8月23日 (1521年9月23日) 大永8年 () 8年 戦乱、天変などの災異による改元。 きょうろく 大永8年8月20日 (1528年9月3日) 享禄5年 (8月29日) 5年 後奈良天皇践祚による改元。 てんぶん 享禄5年7月29日 (1532年8月29日) 天文24年 () 24年 戦乱などの災異による改元。 こうじ 天文24年10月23日 (1555年11月7日) 弘治4年2月28日 (3月18日) 4年 戦乱などの災異による改元。 えいろく 弘治4年2月28日 (1558年3月18日) 永禄13年4月23日 (5月27日) 13年 正親町天皇践祚による改元。 げんき 永禄13年4月23日 (1570年5月27日) 元亀4年7月28日 (8月25日) 4年 戦乱などの災異による改元。 安土桃山時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 てんしょう 元亀4年7月28日 (1573年8月25日 ) 天正20年12月8日 ( ) 20年 正親町天皇 戦乱などの災異による改元。 ぶんろく 天正20年12月8日 (1593年1月10日) 文禄5年10月27日 (12月16日) 5年 後陽成天皇践祚による改元。 けいちょう 文禄5年10月27日 (1596年12月16日) 慶長20年7月13日 () 20年 など天変地異の災異による改元。 江戸時代 [ ] 元号名 期間 年数 天皇名 改元理由 漢字 読み 始期 終期 げんな 慶長20年7月13日 (1615年9月5日) 元和10年2月30日 () 10年 後水尾天皇 後水尾天皇践祚と戦乱()などの災異による改元。 かんえい 元和10年2月30日 (1624年4月17日) 寛永21年 () 21年 甲子革令による改元。 ただし、の任命にあたり「将軍代始改元」を改元事由に加えようとした江戸幕府の意向とする説もあり。 しょうほう 寛永21年12月16日 (1645年1月13日) 正保5年2月15日 () 5年 後光明天皇践祚による改元。 けいあん 正保5年2月15日 (1648年4月7日) 慶安5年 (10月20日) 5年 「正保」が「焼亡」に繋がると批判が起きたことによる改元。 じょうおう 慶安5年9月18日 (1652年10月20日) 承応4年4月13日 (5月18日) 4年 将軍就任のためによる改元とみられている。 めいれき 承応4年4月13日 (1655年5月18日) 明暦4年 () 4年 後西天皇践祚による改元。 ただし、承応2年()の内裏火災による改元予定が後光明天皇崩御によって延期されたとの説もあり。 まんじ 明暦4年7月23日 (1658年8月21日) 万治4年4月25日 (5月23日) 4年 江戸の大火()などの災異による改元。 かんぶん 万治4年4月25日 (1661年5月23日) 寛文13年 () 13年 内裏火災などの災異による改元。 えんぽう 寛文13年9月21日 (1673年10月30日) 延宝9年 () 9年 京都大火などの災異による改元。 てんな 延宝9年9月29日 (1681年11月9日) 天和4年2月21日 (4月5日) 4年 辛酉革命による改元。 じょうきょう 天和4年2月21日 (1684年4月5日) 貞享5年 (10月23日) 5年 甲子革令による改元。 げんろく 貞享5年9月30日 (1688年10月23日) 元禄17年 () 17年 東山天皇践祚による改元。 ほうえい 元禄17年3月13日 (1704年4月16日) 宝永8年4月25日 () 8年 による改元。 しょうとく 宝永8年4月25日 (1711年6月11日) 正徳6年 (8月9日) 6年 中御門天皇践祚による改元。 きょうほう 正徳6年6月22日 (1716年8月9日) 享保21年4月28日 () 21年 死去による改元。 げんぶん 享保21年4月28日 (1736年6月7日) 元文6年2月27日 (4月12日) 6年 桜町天皇践祚による改元。 かんぽう 元文6年2月27日 (1741年4月12日) 寛保4年2月21日 () 4年 辛酉革命による改元。 えんきょう 寛保4年2月21日 (1744年4月3日) 延享5年 (8月5日) 5年 甲子革令による改元。 かんえん 延享5年7月12日 (1748年8月5日) 寛延4年10月27日 () 4年 桃園天皇践祚による改元。 ほうれき 寛延4年10月27日 (1751年12月14日) 宝暦14年 () 14年 桜町上皇と死去、その間に発生した地震のための改元とみられている。 めいわ 宝暦14年6月2日 (1764年6月30日) 明和9年 (12月10日) 9年 後桜町天皇践祚による改元。 あんえい 明和9年11月16日 (1772年12月10日) 安永10年4月2日 (4月25日) 10年 後桃園天皇践祚と、続いて起こった火事風水害が「明和九年(めいわくねん)」すなわち「迷惑年」によるとされたことによる改元。 てんめい 安永10年4月2日 (1781年4月25日) 天明9年 () 9年 光格天皇践祚による改元。 かんせい 天明9年1月25日 (1789年2月19日) 寛政13年2月5日 (3月19日) 13年 内裏炎上などの災異による改元。 きょうわ 寛政13年2月5日 (1801年3月19日) 享和4年 (3月22日) 4年 辛酉革命による改元。 ぶんか 享和4年2月11日 (1804年3月22日) 文化15年4月22日 () 15年 甲子革令による改元。 ぶんせい 文化15年4月22日 (1818年5月26日) 文政13年12月10日 (1月23日) 13年 仁孝天皇践祚による改元。 てんぽう 文政13年12月10日 (1831年1月23日) 天保15年 () 15年 江戸の大火や京都の地震などによる災異改元。 こうか 天保15年12月2日 (1845年1月9日) 弘化5年2月28日 () 5年 火災などの災異による改元。 かえい 弘化5年2月28日 (1848年4月1日) 嘉永7年 () 7年 孝明天皇践祚による改元。 あんせい 嘉永7年11月27日 (1855年1月15日) 安政7年3月18日 () 7年 内裏炎上、地震()、などの災異による改元。 まんえん 安政7年3月18日 (1860年4月8日) 万延2年 (3月29日) 2年 江戸城火災やなどの災異による改元。 ぶんきゅう 万延2年2月19日 (1861年3月29日) 文久4年2月20日 (3月27日) 4年 辛酉革命による改元。 げんじ 文久4年2月20日 (1864年3月27日) 元治2年4月7日 () 2年 甲子革令による改元。 けいおう 元治2年4月7日 (1865年5月1日) 慶応4年 (10月23日) 4年 や社会不安などの災異による改元。 又明治維新による改元。 中央政府以外の元号 [ ]• この暦の切替えは、和暦では天正年間(グレゴリオ暦1582年10月15日=天正10年9月19日)に当たる。 『』は、『』『』は()、『続史愚抄』は()とするが、全て誤り。 鴨脚本『』は()、『』は()とする。 『南朝編年記略』『』ともに()とするのは誤り。 『七巻冊子』は()とするが、確証を得ない。 『七巻冊子』は上旬とする。 『南朝編年記略』は()とする。 ただし改元後も幕府側の準備不足の為、()まで公家も武家も「」の年号を使用した。 ただしは改元始を()に行い、この日から新元号を採用している。 ユリウス暦による。 グレゴリオ暦では1573年9月4日。 による。 では1592年12月31日。 当初()改元の予定であったが、朝鮮通信使の来日中の改元は事務上の問題に加えて外聞の問題も生じるとして4ヶ月延期された。 同日は、「明治45年」であったが、「大正元年」に改められた。 同日は、「大正15年」であったが、「昭和元年」に改められた。 1989年(昭和64年)1月7日、元号法に基づいてがを定め、翌日から施行された。 出典 [ ]• 806-810• 810-824• 824-834• 834-848• 848-851• 851-854• 854-857• 857-859• 859-877• 877-885• 885-889• 889-898• 898-901• 901-923• 923-931• 931-938• 938-947• 947-957• 957-961• 961-964• 964-968• 968-970• 970-974• 974-976• 976-978• 978-983• 983-985• 985-987• 987-989• 989-990• 990-995• 995-999• 999-1004• 1004-1013• 1013-1017• 1017-1021• 1021-1024• 1024-1028• 1028-1037• 1037-1040• 1040-1044• 1044-1046• 1046-1053• 1053-1058• 1058-1065• 1065-1069• 1069-1074• 1074-1077• 1077-1081• 1081-1084• 1084-1087• 1087-1095• 1095-1097• 1097-1097• 1097-1099• 1099-1104• 1104-1106• 1106-1108• 1108-1110• 1110-1113• 1113-1118• 1118-1120• 1120-1124• 1124-1126• 1126-1131• 1131-1132• 1132-1135• 1135-1141• 1141-1142• 1142-1144• 1144-1145• 1145-1151• 1151-1154• 1154-1156• 1156-1159• 1159-1160• 1160-1161• 1161-1163• 1163-1165• 1165-1166• 1166-1169• 1169-1171• 1171-1175• 1175-1177• 1177-1181(平氏)、1177-1184(源氏)• 1181-1182(平氏)• 1182-1185(平氏)、1183? -1184? (源氏)• 1184-1185(源氏)• 1185-1190• 1190-1199• 1199-1201• 1201-1204• 1204-1206• 1206-1207• 1207-1211• 1211-1214• 1214-1219• 1219-1222• 1222-1224• 1224-1225• 1225-1228• 1228-1229• 1229-1232• 1232-1233• 1233-1234• 1234-1235• 1235-1238• 1238-1239• 1239-1240• 1240-1243• 1243-1247• 1247-1249• 1249-1256• 1256-1257• 1257-1259• 1259-1260• 1260-1261• 1261-1264• 1264-1275• 1275-1278• 1278-1288• 1288-1293• 1293-1299• 1299-1302• 1302-1303• 1303-1307• 1307-1308• 1308-1311• 1311-1312• 1312-1317• 1317-1319• 1319-1321• 1321-1324• 1324-1326• 1326-1329• 1329-1331(大覚寺統)、1329-1332(持明院統) 大覚寺統• 1596-1615(江戸時代の慶長は1603年から)• 1615-1624• 1624-1645• 1645-1648• 1648-1652• 1652-1655• 1655-1658• 1658-1661• 1661-1673• 1673-1681• 1681-1684• 1684-1688• 1688-1704• 1704-1711• 1711-1716• 1716-1736• 1736-1741• 1741-1744• 1744-1748• 1748-1751• 1751-1764• 1764-1772• 1772-1781• 1781-1789• 1789-1801• 1801-1804• 1804-1818• 1818-1831• 1831-1845• 1845-1848• 1848-1855• 1855-1860• 1860-1861• 1861-1864• 1864-1865• 1865-1868 発布の下.

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和暦一覧『日本の年号(元号)』西暦

元号 西暦早見表

今回の話を簡単に言うと、 1989年は平成何年か 昭和56年は西暦で言うと何年か ということを、 すぐに計算出来る方法の紹介 と変換早見表 です。 変換を簡単に行うための方法も書いていますが、最後に「早見表」を置いてありますので、そちらを確認すれば、今確認したい年はすぐにわかると思います! 西暦と令和・平成・昭和の変換ってすぐにできる? 和暦・元号・年号と言われる「平成」や「昭和」と 西暦の年数の変換。 2001年って、え〜〜っと・・平成何年??みたいな。 これってけっこう必要になることがあるんですけど、 実はすぐに言える人って少ないと思うんですよね。 覚えておくと、カッコよくないですか?(笑) 実はけっこう簡単に覚えられる計算方法があります! 西暦と令和の変換・計算方法 令和の年数を西暦に変換するには 令和の年数に「018(れいわ)」を足しましょう。 たとえば令和元年は「1年」 1+018=019 ということで、令和元年は2019年です。 令和20年は 20+018=038 西暦2038年です。 西暦を令和に直す場合は「018(れいわ)」を引けばOKです。 西暦2029年は令和11年です。 たとえば・・ 16時は、午後4時ですよね。 これと同じことをやればOKという話です。 平成16年は、2004年です。 西暦と 平成の計算方法 平成の年数から 12を引いた数字が、西暦の下2桁になるんです。 平成12年 西暦2000年 平成27年 西暦2015年 ということですね。 平成7年 西暦1995年 西暦と 昭和の変換・計算方法 西暦と 昭和の変換・覚え方 これは先に覚えた「西暦と平成の変換方法」から連想して覚えましょう! 「西暦と平成の変換方法」は、時間の24時間表示の計算をイメージしようと言いましたが、 ここから連想! それに1つ足した、「25」がキーポイントになります。 西暦と 昭和の計算方法 昭和の年数に 「25」を足した数字が、西暦の下2桁の数字になります。 例えば、 昭和54年 1979年 です。 昭和47年 1972年 ちなみに、 昭和64年 1989年 平成元年(1年) です。 西暦と和暦の変換早見表 昭和・平成だけでなく、明治・大正の早見表もおいておきます。

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