ダービー物語事件。 パチンコ「メーカー社員が逮捕」される事態に!? CR機移行を加速させた「デジパチ連チャン機事件」とは

キム・ダービーとは

ダービー物語事件

物凄いデジパチが出た! 前日、遠方 とはいっても、ふたつ隣りぐらいの街だったが の新装開店に行った友人の山辺がランチを食べている行きつけの喫茶店に駆け込んできた。 その喫茶店は、ナポリタンがうまいので、来る日も来る日も我々学生はナポリタンを食べていた。 値段はたしか480円だった。 学食の不味くて評判のカレーライスでさえ500円だったから、かなりリーズナブルなランチだったと記憶している。 山辺はこのときすでにセミプロの域に達していた。 大学一年生の夏休みにリゾートホテルの皿洗いのバイトをして貯めたお金 約50万円 を元手に、パチプロへの道を歩み始めた男だった。 山辺は比較的出席がゆるい学部に通っていたので、とにかくパチンコばかりしていた。 出席が厳しい学部の自分には羨ましくもあり、少し危なさを感じる存在ではあった。 彼は、石橋達也プロの信者でもあり、とにかくお金を貯めてパチプロになり、卒業後もパチプロになることを宣言していた。 打ち方は変幻自在で、何でも打っている印象で、夕方過ぎにパチンコ屋で見かけるときは、いつもドル箱を積んでいた。 そして出るときは閉店までトコトン勝負をしていた。 当時、携帯電話を持っている学生はまだ少なかったが、プライベート用とパチンコ仲間用の2台持っていた。 さらにいえば、二年生以降の学費や生活費は、パチンコの稼ぎですべてまかなっていた。 やたらフットワークが軽い男だなと感じていたが、いま思えば、そのぐらい軽かったからこそ稼げたのだろう。 その山辺が物凄い台だといったのが、ダービー物語だった。 とにかくめちゃくちゃ連チャンする。 山辺は新装初日のダービー物語の当たり方を熱く語って聞かせてくれた。 連チャンは我々の大好物で、連チャンでなくても、保留玉で大当たりがくれば、そりゃもう大騒ぎしていた時代だった。 いま思えばかわいいものだが、連チャンなしのノーマル機でも、何回か保留玉で大当たりすれば、連チャン機ではないか、あるいは裏モノではいないか、そのパチンコ屋では遠隔操作しているのではないかと疑ってみたりしていた。 周りを見回してみて、リーチのたびにパチンコ台の鍵穴を押さえて大当たり祈願をするおばちゃんや、奇数の日は台番号の末尾が奇数の台が大勝出来ると信じているおじさんがザラにいたものだ。 開店前に並んでいると、そういったオカルト情報が山のように耳に入って、楽しかったり、うざかったりしたものだ。 どうやら明日、I店に3時開店でダービー物語が入るらしい。 当日の夕方、友人の吉井から連絡が入った。 I店は吉井のアパートの近くにある我々のテリトリーの一店舗だったが、新装開店の難しい店だった。 難しいというのは、新装開店が変則的で読めないのだ。 あるときはスロット全台にモーニングを入れたかったと思ったら、次はゼロだったり、新台をまったく開けずに、それまで客がとんでいたシマのパチンコ台をバカみたいに開けたり、さらに初日はまったく出さないのに、2日目はグルグル回りしていたりと。 初日出さないのはある意味、開店屋対策でもあったのだろうといまは理解できるのだが当時は、新装開店はよくわからない店、平常営業は週初に店全体で何台か開けて、その台が出ると、週末に向かって、締めていくという印象だった。 だから、打つなら週初の月曜日で、週末はまず打てない店だった。 I店か・・・・。 I店は店の内部的な問題のほかに、人通りが多い商店街のなかに位置していたので、とにかく新装開店の並びがキツイという問題もあった。 最近ではあまり見かけなくなったちんどん屋も店頭に呼んでいたので、音も相当なものだった。 そして整理券なしの完全早い者勝ち制でもあった。 整理券がないから人が並ぶ、その並びがさらに人を呼ぶという連鎖で、開店前にはおしくら饅頭状態になる。 後ろから容赦なく押されるので、先頭のガラス製の自動ドア前は、かなりリスクのあるポジションでもあった。 結果、我々は2時間半から並ぶことになった。 いまでは有り得ない長時間の並びだが、すべて若さのせいだと思いたい。 先頭にポジションにみんなで並び、ブラインド隙間から、なんとかダービー物語のシマを確認する。 仲間と並ぶメリットは情報共有はもちろんだが、並びの途中でトイレに行ったり、たばこを吸えたりと色々とある。 いわゆるノリ打ちはやっていなかったが、心強く感じていたのは、確かだ。 オープンと共に小走りで、ダービー物語のシマに走る。 クギを見る時間はない。 まずは一台キープすることに徹した。 とれた。 もちろん仲間も同じダービー物語のシマにきている。 椅子に腰をおろしつつ、クギをざっと確認する。 バカ開きではない。 しかしヘソも寄りもまずまずなような気がした。 こうなれば、この台と心中するしかない。 まずは1万円勝負。 このぐらい回せば、70%ぐらいで当たる。 もちろんいきなり確率の3倍ハマリとか、1000回転越えもないことはないが、そんなの20回に1回ぐらいだから、あまり気にしていなかった。 出来たら、現金投資よりも持ち玉のときにハマってほしかったが、そんなの誰も操作できないことだから、すべては運任せだ。 とにかくデジパチは回る台を頑張って押さえる。 それが勝ちにつながると信じていた。 確率の約半分でこの日は最初のあたりを引いた。 投資は3,000円。 40ぐらいある。 十分勝負になりそうだ。 しかし山辺がいっていた連チャンはなく、単発。 周りも当たり始めているが、床を見てもドル箱が積み上がっている様子はない。 持ち玉を半分ぐらい打ち込んで大当たり、しかしこれも単発。 5回分の持ち玉になったが、まだまだ。 ここで一緒に来た吉井の足元にドル箱が積み重なっていることに気づく。 大当たりを消化している吉井に訊くと一撃目で7連チャンしているとのこと。 シマで一番出ている。 回りも悪くないという話だ。 山辺にも訊いてみるが回りは30ちょっとらしい。 まだ現金投資していた。 このあとも自分は大きなハマりもなく、確率近辺で単発当たりを積み重ね、持ち玉は少しずつ伸ばし続けた。 現金投資でハマっていた山辺の台もいったん食いつくと怒涛の連チャンで、すぐに回収モードに入っていた。 吉井は足元に積むのは5箱までにして、あとは大当たりのたびに店員が流して、レシートを渡していた。 結果、自分はこの日、大当たりを8回引いたが、すべて単発。 まるでノーマル機のような展開だったが、回りが良かったので、1万円勝ちとなった。 山辺と吉井は大勝で、2時間半の並びを入れても相当な時給を稼いでいた。 自分と吉井は翌日、出席が厳しい必須教科があるので打てなかったが、山辺は打ちに行くという。 追記すると山辺はここからしばらくダービー物語を探して、ほうぼうのパチンコ屋に遠征して、かなりの勝ちを収めたらしい。 自分はというこの後も何度かI店以外でも、ダービー物語を打ったが、2連チャンが最高でトータル収支で、負け越している。 もっといえば、自分は液晶の現金機の連チャンには完全に引き負けていたような気がする。 いまでも液晶よりドラム、ドラムよりドットほうが連チャンする気がするのは、このダービー物語のヒキの弱さによって形成されたトラウマなのかもしれない。 のちにダービー物語事件が起こり、世は連チャン機規制の時代に入るが、パチンコ台に罪があるわけもなく、多くの人に愛されたパチンコ台であることに違いはない。

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ダービー物語事件|パチンコビレッジ

ダービー物語事件

『 ダービー物語』(ダービーものがたり)は、に が開発、発売したをモチーフとした。 保留玉タイプ。 『』に続く物語シリーズ。 当ページではダービー物語事件についても触れる。 大当たり確率 235分の1• 出玉 約2,300個• それまでの従来機種(『』等)で見られた「ロングリーチがチャンス」とは逆の発想で即大当たり停止のリーチパターンが存在する。 非連続回転中に入賞した場合、特定の絵柄が選択される割合が高かった。 このゲーム性は後に発売された『』でも見られる。 ダービー物語事件 1993年当時、設置されていた現金機は大当たり終了後の保留メモリーを書き変えて意図的に大当たりを出す機種が登場していた。 これにより保留玉での連荘が発生した。 この現象はVゾーンへの入賞が容易となるよう、極端ながなされないと実現しにくいため、連チャンを誘発する意図的な釘曲げが行われていた。 10月19日、埼玉県警と大宮署が平和本社や平和の工場を家宅捜索、また埼玉県内に設置されていたダービー物語およそ200台を押収、同月、平和社員とパチンコ店店長が違反の疑いでにされた。 埼玉県警による捜査は拡大し、11月には平和の埼玉営業所が、2度目の家宅捜索を受け社員や係長、所長が逮捕されたほか、宮城・北海道・静岡のホールにも捜査が入った。 また機種の強制撤去だけではなく、ホール事務所や経営者宅、更に平和の各営業所にまで及ぶ大規模捜査が行われた結果、5人が逮捕された。 警察発表では検定の際には連チャンしないプログラムで検定を通過させた後で連荘を誘発する不正プログラムを同機に仕込んだと発表、一部新聞ではメーカー主導による違法改造機で本社が関与と報じている。 後にこの一件は、現金機によるデジパチ機の連荘が禁止される契機となり、が認められているデジパチの導入を加速させる結果となったが、今度はCR機の過剰な連チャン性が問題視されることになる。

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ダービー物語

ダービー物語事件

『 ダービー物語』(ダービーものがたり)は、に が開発、発売したをモチーフとした。 保留玉タイプ。 『』に続く物語シリーズ。 当ページではダービー物語事件についても触れる。 特徴 [編集 ]• 大当たり確率 235分の1• 出玉 約2,300個• それまでの従来機種(『』等)で見られた「ロングリーチがチャンス」とは逆の発想で即大当たり停止のリーチパターンが存在する。 非連続回転中に入賞した場合、特定の絵柄が選択される割合が高かった。 このゲーム性は後に発売された『』でも見られる。 ダービー物語事件 [編集 ] 1993年当時、設置されていた現金機は大当たり終了後の保留メモリーを書き変えて意図的に大当たりを出す機種が登場していた。 これにより保留玉での連荘が発生した。 この現象はVゾーンへの入賞が容易となるよう、極端ながなされないと実現しにくいため、連チャンを誘発する意図的な釘曲げが行われていた。 10月19日、埼玉県警と大宮署が平和本社や平和の工場を家宅捜索、また埼玉県内に設置されていたダービー物語およそ200台を押収 、同月、平和社員とパチンコ店店長が違反の疑いでにされた。 埼玉県警による捜査は拡大し、11月には平和の埼玉営業所が、2度目の家宅捜索を受け社員や係長、所長が逮捕されたほか、宮城・北海道・静岡のホールにも捜査が入った。 また機種の強制撤去だけではなく、ホール事務所や経営者宅、更に平和の各営業所にまで及ぶ大規模捜査が行われた結果、5人が逮捕された。 警察発表では検定の際には連チャンしないプログラムで検定を通過させた後で連荘を誘発する不正プログラムを同機に仕込んだと発表 、一部新聞ではメーカー主導による違法改造機で本社が関与と報じている。 後にこの一件は、現金機によるデジパチ機の連荘が禁止される契機となり、が認められているデジパチの導入を加速させる結果となったが、今度はCR機の過剰な連チャン性が問題視されることになる。

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