船戸優里。 船戸雄大には極刑を望む!船戸優里には情状酌量を!

「死にたい」と泣き崩れた船戸優里被告、最後の被告人質問【目黒5歳児虐待死裁判・母親への質問⑤】

船戸優里

2018年1月ごろから雄大被告とともに、結愛ちゃんに対し必要な食事を与えず、栄養失調状態に陥らせ、平均体重を大幅に下回わせて免疫力を低下させ、細菌感染を起こしやすい状態にした。 そして父親の雄大被告が、結愛ちゃんの顔を手で叩くなどの暴行を加えていたことを知りながら、やめるように言うだけで結果的に虐待を容認。 容認していたこと自体も虐待として認定された。 翌月の2月27日ごろには、結愛ちゃんの嘔吐が始まる。 結愛ちゃんの極度の衰弱が分かっており、命を落とさないよう医師の診察などを受けさせるなどの保護をすべき責任があったことを認識していた。 しかし雄大被告とともに結愛ちゃんへの虐待などが発覚するのを恐れ、結愛ちゃんにわずかな飲み物や食べ物を与えるのみだった。 結愛ちゃんが生き延びるための必要な保護を与えなかった結果、結愛ちゃんは3月2日午後6時59分、搬送先の病院で死亡が確認された。 結愛ちゃんは低栄養状態と免疫力低下による肺炎を起こしており、死因は肺炎に基づく敗血症だった。 なぜ裁判所は懲役8年と判断したのか。 虐待の事実を、裁判所は「不保護の犯情はかなり悪く、児童虐待による保護責任者遺棄致死の事案の中でも、重い部類に属している。 優里被告も相応の役割を果たした」とまとめている。 判決ではその理由について、虐待の苛烈さや、親に守られることなく亡くなった結愛ちゃんの身体的・精神的な苦痛などを考えた「犯行全体の事情」、そして雄大被告から受けていたというDVによる「雄大被告からの心理的影響」について掘り下げた。 まずは犯行全体の事情について説明する。 結愛ちゃんの受けた虐待の苛烈さ 裁判所は、結愛ちゃんへの虐待について「明らかに不相当で苛烈なものであったといえる」と判断した。 その理由は次の通りだ。 結愛ちゃんは、2018年1月23日、優里被告とともに香川県から上京。 一足先に上京していた父親の雄大被告を含めた家族で暮らすようになった。 だが、雄大被告は結愛ちゃんを見て「俺がいない間に太った。 俺の努力が水の泡になった。 もう一度締め直す」などと言うようになった。 これをきっかけに、2人による結愛ちゃんの食事制限が始まった。 2月上旬頃からは、それが極端に厳しくなった。 結愛ちゃんは栄養失調状態に陥る。 標準体重を大きく下回り、体力も免疫力も著しく低下する。 そして食事制限に加え、2月下旬頃の雄大被告による顔を殴るなどの暴行以降、結愛ちゃんは身体が食事を受け付けなくなった。 そして敗血症で亡くなる最悪の事態が起きる。 結愛ちゃんの体重は、1月4日時点で16. 66kgで発育に問題はなかった。 上京した1月23日時点でも少なくとも同じくらいの体重はあったと思われる。 年齢相応の体型であったのに、死亡時の体重は約12. 2kg。 わずか1カ月あまりの間に、体重の約25パーセントが失われた。 解剖の所見や、の証言からも、結愛ちゃんは頬がこけ、骨が著しく浮き出るといった異常な痩せ方をしていたことが分かる。 そうした事実からも、優里被告と雄大被告による食事制限は苛烈な虐待だったと認定された。 転居先を教えず、周囲の救助の手を拒絶。 病院に連れて行かなかったことを決めたこと 裁判所は、優里被告が香川県から東京都へ移る際、児童相談所や医療機関に転居先を伝えず、衰弱した結愛ちゃんを病院にも心肺停止するまで連れて行かなかったことを「悪質で、その意思決定も強い非難に値する」と断じた。 裁判所が重視した内容は次の通りだ。 結愛ちゃんは香川県にいた頃、二度にわたり、児童相談所によって一時保護された。 上京の前には、香川県の児童相談所や通っていた医療機関から、転居後の支援の必要性の説明も受けていた。 しかし、優里被告は 転居先を聞かれても教えなかった。 また上京後に品川児童相談所の訪問を受けたのに、優里被告は自分で対応して関係を持つことを拒んだ。 さらに上京後は、2回のごみ捨て以外結愛ちゃんを外出させることもなかった。 こうした事実を「(結愛ちゃんの)生存の維持は、ひとえに被告人らに委ねられている状況にあった」と裁定。 加えて裁判所は、結愛ちゃんが嘔吐するなどし、さらに雄大被告が結愛ちゃんへ暴行を加えたことについて、優里被告も「その存在を知りつつ適切な対応をしなかったことなどの事実が発覚することを恐れていた」とした。 死に至るまでの約3日間、結愛ちゃんが連日嘔吐し食事を食べられる状態ではなくなり、3月1日に優里被告は結愛ちゃんを風呂に入れた時に、結愛ちゃんが異常な痩せ方をし傷を負っていることを目にしていた。 3月2日には結愛ちゃんがさらに重篤な状態に陥っていることを認識した。 それでもなお、自分たちだけで対処しようとして、被害児童の心肺が停止するまで、医療措置を受けさせなかった。 この点を、裁判所は「悪質で強い非難に値する」と判断した。 雄大被告の供述調書によると、結愛ちゃんに対して週に1、2回、多い時には2日に1回くらい、頭を平手で叩いたり、足を足蹴りするなどの暴行を加えていたとされる。 これは結愛ちゃんの身体状況から「事実があったと認められる」としている。 しかしこうした暴行については優里被告の法廷での発言と、捜査段階の供述の間に時期のずれがあるなど食い違いもあった。 裁判所はこの食い違いについて「暴行をどの程度認識していたかは、証拠上必ずしも明確ではない」とした。 ただ、結愛ちゃんの顔がひどく腫れるほどの暴行を知り、雄大被告へ 「やめて」とは言ったものの、それ以上に適切な措置を講じなかった。 これを「結果的に雄大の暴行を容認する状態になっていたことには変わりがない」と裁判所は判断した。 検察側が捜査段階の事実をまとめた公訴事実には、 「雄大被告による暴行を知りながら放置する虐待を加えた」と書かれていた。 だが裁判所は、優里被告が結愛ちゃんへのひどい暴行があったと気付いた時点で、雄大被告にやめるように言っており、「これを『放置』とか、児童虐待の定義に該当するとまで言い切るには疑問が残る」とも裁定している。 親に守られることなく亡くなった結愛ちゃんの身体的・精神的な苦痛 結愛ちゃんは最後まで親を信じて、言われた通りに、あまりに重い課題を懸命にこなした。 しかし、待っていたのは救いではなかった。 判決では、その精神的・身体的な苦痛について「感じたであろう苦しみ、悲しみ、 絶望感は察するに余りある」と心情を推し量った。 裁判所が認めた結愛ちゃんの感じた「絶望感」とはどのようなものだったのか。 「養親である雄大被告のみならず、大好きだった実母である優里被告からも苛烈な食事制限を受けた」こと。 そして痩せ細り、嘔吐し、身体が食事を受け付けなくなり、意識が薄れても病院には連れて行ってもらえなかった。 また、この事件で大きな注目を集めた結愛ちゃんのノートのメモ。 裁判所は、この点についても言及した。 【結愛ちゃんが書いたとみられるノートのメモ】 まま もうパパとママにゆわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっと あしたはできるようにするから もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできなかったことこれまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいおやくそく あしたのあさは きょうみたいにやるんじゃなくて やるんじゃなくて もうあしたは ぜったいやるんだとおもって いっしょうけんめいやって パパとママにみせるぞ えいえいおーう おやくそくだから、ぜったいにおねがい 検察官は 、このノートのメモの冒頭に「まま」とあるように、結愛ちゃんからすれば雄大被告も優里被告も同格であったと主張していた。 一方、優里被告は公判でこのノートのメモは「結愛がこれ以上、雄大から怒られるのを防ぐために二人で書いた。 雄大に謝るときには、自分にも謝るのが雄大の意向に沿うことだったので、このように書いた」といった趣旨の供述をしていた。 メモの中には「わかったね」などと大人が言ったことをそのまま書いたような部分があったり、被告人が誤字等を添削した箇所があった。 裁判所は、この点が「優里被告の供述を裏付けており、その信用性は否定されない」と捉え、ノートのメモは 当時の結愛ちゃんの心情をそのまま認定することはできないというべきであるとした。 しかし、結愛ちゃんの独自の文章の記載が無くても、虐待の容態から「その心情が十分に推し量れる」と説明した。 雄大被告からのDVと、心理的な影響はどの程度か 検察側と、弁護側の主張で最も食い違いを見せたのは、雄大被告の優里被告に対すると、その心理的影響についてだった。 弁護側は、「女性は痩せているべき」という雄大被告の歪んだ女性像を優里被告と結愛ちゃんへ押し付け、長時間にわたる説教などで「雄大被告から強い精神的支配下に置かれ、精神的・心理的視野狭窄のため全体像を見ることができなくなっていた」と。 一方の検察側は「弁護人も責任能力を争っておらず、弁護人の主張も、基本的に被告人が自分で物事の良し悪しを判断している、自らの意思で行動できていたことを前提にしている」と説明。 「心理的な影響を受けていたことは否定しないが、『支配』とまでは言うべきものではない」と。 裁判所は「看過できない雄大被告からの心理的影響があったと認められる」とし、3つの項目に分けて、この点を考察した。 心理的DVの影響により夫の意向に従ってしまった面があり「量刑上、適切に考慮すべき」 優里被告は結婚直後より、 自身の行動や食事量を含めた日常生活、性格に至るまで、雄大被告から長時間の説教を頻繁に受けた。 それにより、自分を否定され、反省の態度も要求されるなどしていた。 時には叩かれるなどの暴行もあった。 結愛ちゃんへの「しつけ」に関しても、一方的に意見を押し付けられた。 雄大被告が結愛ちゃんの腹を蹴ったことにショックを受け、やめるように懇願した際も一顧だにされなかった。 そして母子らしい接触や年齢相応の手助けをすることさえ否定されていたことを、法廷で優里被告は供述している。 裁判所は「その信用性を否定すべき事情はない」とし、さらに雄大被告の供述調書では、雄大被告が優里被告へ言葉の暴力を繰り返していたので、優里被告は 洗脳されたような状態になっており、雄大被告に反発したり、意見を言ったりできないような状態であ ったことを認めていることを重視。 香川県に住んでいた頃、関わっていた医師は「夫婦のパワーバランスが悪い」、「父 雄大被告 の支配下から抜けられない様子」などと評価。 優里被告については「自己評価が低く夫からの精神的影響が大きい」と指摘していた。 児童相談所などに話す内容については、具体的で詳細なメモを雄大被告が作成して優里被告に覚え込ませ、実際に優里被告はその指示に従った対応をしていた。 こうした事実を前提に、虐待やDVの専門家であるしていることなどを考慮し「優里被告は事件当時、 雄大被告から心理的DVを受け、心理的影響を強く受けていた状態にあったことは否定できない」と認定した。 加えて、結愛ちゃんが「太った」と激高する雄大被告に対し、優里被告が「これに逆らうと、また過酷な説教をされるのではないか、また被害児童が暴力を受けるのではないか」との恐れもあって、これに従ってしまった面も否定できないとした。 結愛ちゃんに対し病院に連れて行かなかったことについても、雄大被告に「病院は? 」と聞いたものの、雄大被告から「目のアザが治まったら連れて行こうか」と言われて、従った。 結愛ちゃんの容体が悪くなる中で、心配になって雄大被告に相談した際も「うんちが出たなら大丈夫」と言われたことで、それ以上の行動に出ていない。 こうした点にも裁判所は「従属する関係が見て取れる」と説明。 優里被告は病院に連れて行かなかったことについて「 連れて行くと 雄大に、怒られるどころじゃ済まないと思いました」と公判で述べた。 裁判所は「医療措置を受けさせたかったが、そうすると説教や虐待が更にひどくなると思ってそれに従ってしまった面が否定できない」と認めている。 心理的影響はあった。 しかし最終的には、自らの意思に基づき、従っていた ただ、裁判所はその心理的影響について「支配」とまでは言えないと、ある程度検察側の主張を認める形となった。 一定の心理的影響はあったものの、弁護側が主張するほどその影響は強固なものではなく「最終的には、自らの意思に基づき、雄大被告の指示を受け入れた上で、これに従っていた」と判断した。 その理由として挙げられたのは、優里被告の雄大被告に対する「抵抗」だった。 上京後、雄大被告が結愛ちゃんに暴力を振るうのを見てやめるように言ったり、離婚を切り出すなど抵抗の態度を示したこともあった。 優里被告は雄大被告の与える食事だけでは足りないと判断して、目を盗んで体重が増えない限度でだったが食事を与えていた。 雄大被告が結愛ちゃんに課した早起きの課題についても、実際には午前7時半頃に起きていたが、雄大被告にチェックされたときのために午前4時頃に起きたように書かせていた。 これらは、「雄大被告の言動で受け入れられないことがあった場合に、自らの意思に基づいて行動することができていたといえる」と判断。 「雄大からの心理的DVにより逆らいにくい面はあったにせよ、最終的には、自らの意思に基づき雄大の指示を受け入れた上で、これに従っていたと評価するのが相当である」とした。 つまり心理的DVの影響については、 弁護側が主張するよう に、心理的に強固に支配されていたとまではいえず、 特に、結愛ちゃんが嘔吐を繰り返すなど重篤な状態になる最後の場面では、雄大被告の態度は軟化。 優里被告も雄大被告に対して「弟を連れて外出して」と言うことができていた。 結愛ちゃん衰弱の状況は明らかで、「これを助けるため雄大被告による心理的影響を乗り越える契機があったというべきであるから、この点を被告人の責任を大幅に減じるほどの事情と見ることはできない」と断じた。 「報復を恐れていた」の程度はどう捉えられたか 公判では、優里被告が「病院に連れていくことで雄大被告が逮捕され、その後の報復を恐れていた」と供述していた。 その報復について、優里被告はかつて「 浮気をしたらどうするか」という話の中で、「真顔で『殺す』と言われた。 そこから殺されるなどの報復を受けることを恐れた」と。 裁判所はその点について「病院に連れて行かない動機となるほど困難をもたらしていないし、切迫したものでもない」とした。 その理由は、雄大被告に対して「暴力はやめて」と言ったり、離婚を切り出したりして抵抗の態度を示した際に、雄大被告は少なくとも強度の暴行や脅迫に及んだことがなかったことだったと説明。 事件当時、想定しうる雄大被告からの報復は「(結愛ちゃんの)重篤な状態を知ってもなお、医療措置を受けさせようという動機を形成することが困難であったといえるほどに切迫したものであったとは認められない」と裁定した。 結愛ちゃんを保護しなかったことは悪質で、虐待は苛烈だった。 でも苦痛を和らげる努力をしていた 最後に裁判所は、優里被告の犯行について「検察側が主張するような極めて強い非難が妥当とまでは言えない」と説明している。 裁判所は、優里被告と雄大被告による食事制限は苛烈で、結愛ちゃんの保護をしなかったことは悪質であって、優里被告も相応の役割を果たしているとした。 そして「優里被告の行為は厳しく非難されるべき」としつつも、その行動には「雄大被告の心理影響があって、その意向に従ってしまった面が否定できない」と説いた。 また雄大被告に隠れて被害児童に食事を与えたり、早起きの課題をごまかしたりした点は、「 雄大被告の意向に正面から反しない範囲ではあるが、結愛ちゃんの苦痛を和らげようとする努力は行っており、添い寝をしながら看病をしており、全く放置したわけではない」とし、「 極めて強い非難が妥当する事案とまではいえない」と判断した。 そして、「我が子を死に至らしめたことを深く悔やみ反省していること、雄大被告とは離婚し、結愛ちゃんの弟の親権者となり、今後その子を扶養すべき責任を負っている」ことや優里 被告の父が出所後の支えとなる証言をしていることから、検察側と弁護側の中間である懲役8年の判決を下した。 雄大被告は何を語るのか。 公判は10月1日から この事件で、結愛ちゃんは身体に170以上の傷が認められた。 足の裏には、40カ所もの円形の傷跡があり、これはタバコを押し付けてできたものと類似していた。 ただ、暴行などケガの原因となった虐待の内容は、優里被告が実際に手を下しておらず、記憶もあいまいだったため公判では漠然とした内容にとどまっていた。 雄大被告の公判は、10月1日から東京地裁で開かれる。 判決は10月15日の予定だ。 また、優里被告が東京高裁へ控訴したことにより、第一審公判中も心理的な影響があったとみられる言動や、記憶のあいまいな部分についても、さらに掘り下げてより冷静に審理ができる可能性がある。 ハフポストでは、出来うる限り雄大被告の公判についても詳報する予定です。 この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 必ずあなたと子どもを助けてくれるところがあります。 DVや虐待の。

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船戸優里(ふなとゆり)のFacebookと顔画像が判明し動機やメモの内容が酷すぎる!夫の雄大容疑者は傷害容疑で逮捕の過去も

船戸優里

彼女は、あなただったかもしれない。 2018年3月、東京都目黒区で当時5歳の少女、結愛ちゃんが息絶えた。 十分な食事を与えられておらず、父親から暴力を受けていたことによる衰弱死だった。 警視庁は傷害容疑で父親を逮捕。 6月に父親を保護責任者遺棄致死容疑で再逮捕する際、母親・船戸優里も逮捕する。 本書は、2019年9月、第一審で懲役8年の判決を下された母親が、罪と向き合いながら綴った悲しみの記録である。 〈2018年6月6日、私は娘を死なせたということで逮捕された。 いや「死なせた」のではなく「殺した」と言われても当然の結果で、「逮捕された」のではなく「逮捕していただいた」と言った方が正確なのかもしれない〉 〈結婚式直後のころと思う。 結愛が床に横向きに寝転がっていた時、彼が思い切り、結愛のお腹を蹴り上げた。 まるでサッカーボールのように。 私の心をおおっているものにひびが入り、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた〉 〈私は、正座しながら説教を受け、それが終わると「怒ってくれてありがとう」と言うようになった。 略 私にとって説教とは叱られて終わりではなく、その後、彼に納得のいく反省文を提出し、許しをもらうまでの流れをいう〉 【編集担当からのおすすめ情報】 虐待事件の当事者が、手記という手段で、家庭崩壊の過程や苦悩を綴るのは、極めて珍しいことです。 なぜ、夫の暴力を止めることができなかったのか。 なぜ、過酷な日課を娘に強いたのか。 なぜ、やせ衰えた娘を病院に連れて行かなかったのか。 なぜ、誰にも助けを求めなかったのか。 その答えが本書にあります。 手記を読めば、船戸優里被告は、娘の虐待死において加害者でありながら、夫の執拗な精神的DVによって心がすり減らされていった被害者であるという事実に気がつくはずです。 本書には、虐待事件を精力的に取材してきたルポライターの杉山春氏の解説、そして公判前に優里被告を診断した精神科医の白川美也子氏の診断書 意見書 も巻末に収録しています。 手記と併せてご覧いただければ事件の背景が深く理解できると思います。 本書を通じて、児童虐待とDVの実相を知っていただくことで、こうした悲劇が今後二度と起こらないようにすることが筆者、そして出版社の心からの願いです。 この人は逮捕されてから「あなたもDV被害者だったのでは?あなたは悪くない!」という意見に乗っかったんじゃないですか。 誰だってそういう意見には乗っかりたいだろうし、記憶も曖昧になっていくのでは。 弁護士の先生と話そうと思ったきっかけは、会ってすぐに「若いお母さんだねー!」って言ってくれたこと。 多分色々味方してくれたんだろう。 本には書かれていないけどどうせ「あなただけで逃げることもできたのに、逃げなかったのは子供を守るためでしょ?悪いのは夫であなたじゃない!」とか言われたんじゃないの。 この本は母親に寄り添って出版するテイなので厳しいことは書かれていないのかと思う。 自分の保身のために子供をメスゴリラとLINEで書いていたこと 自分の実家は愛情溢れる普通の家庭となっているが兄弟が薬物所持で逮捕されていたこと。 夫は薬物をやっていたこと。 書いてないこともありますよね。 夫が怖くて一緒になって子供を叱った、決まり事が増えていった、とあり まぁここは半分事実かもしれません。 家庭内でストレスの捌け口となる生贄が決まっていれば、まず自分は安全です。 本人は東京から来て何でも知っていてリードしてくれると話している夫。 実際は聞いたこともない大学しか出ておらず大して頭がよくない夫の異常な決め事、理屈を正しいと思わされるこの過程がよくわかりませんでした。 (何故か夫の説明には人生すごろくが出てきて、良い結果は「モデルになってイケメンと結婚できる」という謎説明) でもこの人は男らしくリードしてくれる人が好みで、パワーバランスも偏りがあったのかもしれない。 この2人の間では夫に従うということがベースだったんだろう。 弁護士という第三者が入っていながら、時系列で見てもいつからこうなったのか?という点については曖昧です。 振り返ってみればこの時点ではこうなっていた、いつからかは思い出せない、といった内容。 それに児相が自宅に来た、近所に通報された時というのは比較的記憶に残りやすい事だと思うけれど、何故児相を追い返したのかという自分の都合しか書かれておらず(夫の機嫌が悪くなるからというこの本で一貫した理由) あの時の虐待の様子は書かれていない。 部屋の様子を伺い知れない近所の人が、怒鳴り声を聞いて通報するって普通ではないのですが。 あと子供が外に出されているところを通報された際のことも、通報されて児相が来た。 しかも夫と外で追いかけっこしてただけなんですって。 普通に外で遊んでて保護されるかよ、嘘だろ。 簡単な説明で終わり。 後は児相や病院のスタッフへの不満。 この人、子どもが亡くなる直前は一緒に添い寝してトイレに連れていってその後亡くなったと話しているけれどそれも嘘だと思う。 ガリガリに痩せて、直前まで歩けるだろうか。 死ぬ間際、脱水もあっただろうしもう排泄できなかったと思う。 結愛ちゃんに添い寝している間、弟は誰が見ていたの? 放置してて見に行ったら既に死んでいたんじゃないのか。 ゆあちゃんへの暴行、怪我の程度を本の中で直接見ていないから知らなかった、足の裏にまであるタバコを押し付けたような傷も知らない、知らない知らない… この母親が子供が危険な状態にあることを知らなかったから特別な対処をできませんでした、はい終わり。 にしたいのだろうと思う。 同じ家にいても近づかせてもらえなかった、でもお風呂に一緒に入った日もあって、子供の身体を見たら痩せていたのと傷があって見ちゃいけないものを見た気がしてバスタオルでくるんだ。 部屋が薄暗かった。 等書かれているけれど、いやごく小さい傷を見逃していたという話をしてるわけじゃないんだけどな、こいつ意味わかってる?って不安になる。 逃げなかった理由、香川に帰ってもこいつが追ってくる、でした。 両親に頼らなかった理由、夫が両親を悪く言うからその通りだと思うようになり、頼ることを考えませんでした。 息子は置いていくから離婚したいと言ったら、息子を捨てるのかと言われてできなかった。 でも息子を連れていくと言うと激怒しただろうと。 ゆあちゃんが亡くなった後、両親はそのことについて自分には聞いてこなかった。 責めたりもしなかった。 遺骨に手を合わせて3人でお経を上げていてしばらくたった日、父親が途中で笑い出した。 私も笑った。 それから笑顔になれる日が増えた。 この本、編集していて変だと感じることなかったのかな。 弁護士の人も、この人をDV被害者として児童虐待に関連する被害者としてアイコン化するにはちょっと無理があると考えなかったのか。 「え?こんなことがあったのに流してしまったの?」「逆にそれは許せなかったこととして覚えているのか…」等、逮捕されてから普通の生活ができていない人から聞き出した話としても違和感が残る。 人はみんなそれぞれ違い、他人に強く出られる部分と、そんなことで傷つくの?という部分がある。 一人だと普通だけど恋愛が絡むとなると変になる友達、周りにいないだろうか。 あと子供のことになるとちょっとおかしい人とか。 男の前では性格が変わる人とか。 そう思えば、私の周りにもこの母親のような人がいる。 この母親は「若い女の人に読んでほしい」と話していると他の記事で読んだ。 私は若い女だから共通する話でもないし(そもそも嘘が多くて肝心なところが抜けているため参考にならない)教訓とするにはちょっと特異だと感じるが。 この人の話に共感できる部分は少なかった。 私は違和感を感じる部分が多い。 母親ではなく他人が添削してまとめた本にもかかわらず。 私が期待していた内容はこの本には無かった。 自己を振り返って、考えて考えての内容ではない。 なんであの時こうしなかったのかという強い後悔や懺悔も無い。 途中に挟まれるポエムはなんなんだろう。 意味わからない。 唐突に始まる私は死んだ方がいい、生きて償うというが生きる資格もないという文も、あれだけ生き地獄だった状態の娘を見てきても更にそう言うか?と思う。 猿が猿回しでさせられる「反省」って態度に似ている。 そもそもこの事件が大きく報道された理由は、この虐待死された子供の遺体、部屋を見て酷すぎると感じた目黒の刑事課の人達が、メディアに向けてゆあちゃんの日記を発信したことが発端だ。 それだけ酷い、こんなことは繰り返されはならないと周りの他人が胸を痛めても、当の加害者がぼんやりとしたポエムを書いていられるって、ひどいと思う。 本人は本の中で周りに反省していないとか後悔していないとか、周りにわかってもらえないとよく言われると書いている。 私は反省しているんです。 だから反省してないって責めないでください、って。 もういいです! 亡くなったお子さんのこと、子供を助けたい母親の気持ちを思うと、涙なしに読むことはできません。 特に亡くなったお子さんの幼気な姿を想像すると、加害者である筆者に対する苛立ちを感じざるを得ません。 筆者は加害者です。 それは間違いなく。 筆者の問題点は主体が自分でないところであり、学生時代の記録からも、「他人がどう感じるか」を敏感に感じとるところにあったのだと思いました。 自分がどう思うかではなく、 他人からどう感じられるのか。 「空気を読む人」であったことは間違いなかったでしょう。 読んだ方々には色々な感想があるでしょうけれど、起きてしまったことは仕方ないので、今後の対策を社会として考えるべきだと思いました。 大切な子供を亡くしたということ、 それこそが最大の償いだと思うので 外の世界に戻って来たら 是非とも、社会の側は受け入れてあげて欲しいと思います。 購入を迷う方は、筆者の再生のために 買ってあげて欲しいです。 日記風なので日付も書かれているし読みやすい。 途中はライターさんが彼女の言葉に忠実に文章を整えてくれています と注釈が。 結愛ちゃんとお母さんのメディアでは見た事のない可愛らしく微笑ましい写真も10枚くらいかな載っています。 でも亡くなる寸前は結愛ちゃんの表情顔つき自体が変っちゃってる。 悲しい。 色々事情はあるかもしれないですけど、児相や警察が駄目なら何故身内に言わないんだろう。。 ご両親も優里さんを小さい頃からずっと可愛がって育ててくださっているじゃないですか 手配読む限り。 お姉さんも子育てしていて、一緒に結愛ちゃんのお誕生日お祝いしたり疎遠じゃないのに。 結愛ちゃんの慕うおじいちゃんおばあちゃんまでもいるのに。 あんなバカで単細胞のDVカッコつけ夫の所に帰らずに結愛ちゃんとそのまま実家にいれば良かったのに。 そこで働き口見つければいいのに、実の身内に何をそこまで遠慮してるんだろう。 これがあのクソ旦那への「洗脳」ってやつですかね。 本当に悔やまれるな。 あとは故郷での児相と医師に対する恨み辛みもダーっと吐き散らかされています。 脚色1つない彼女の生声でもあるので、【それを読んでどう思うかはあなた次第】で一度目を通してみると良いかと思います。 でもねやっぱり一度消えた命はもう戻らないから。 著者や出版社に金をやりたくない。 そんな思いもあったが、虐待の実相がどうしても知りたくて購入。 5歳の子の虐待死を積極的に止めなかった、として懲役8年の実刑判決を受けた母親の手記。 それは驚くほど冷静で客観的で、文芸的ですらある。 これだけの文章が書ける人がどうして、というのが率直な感想。 この場合、虐待の連鎖ではない。 夫のDVによる支配で正常な判断力を失ってしまった、というのが擁護者の主張。 この本はそうしたスタンスで作られている。 それにしても、良い両親 著者の や行政機関との接点もありながら、なぜ子供を守れなかったのか、更に検証が必要なようだ。 ちなみに、行政機関の心の通わぬ対応に対する批判も少し書かれている。 今度は、一番の悪者とされている夫の言い分も聞いてみたい。 個人的は、結愛ちゃんの写真をもっと見たかったし、どんな子だったのか、何が好きだったのか等少しでも多く知りたいと思っていました。 またこの事件を風化させないためにも母親による手記が出ることを願っていました。 母親からとても愛されていた事もわかりました。 文章はわかり易く読みやすいと思います、私には筆者は真っ当な人というか、普通に良心を持った人に思えます。 本人は「自分はバカだから・・・」と言っているけど、正直「とろい」のかもしれないと思いました。 それはDVを受けたからなのかもしれません。 DVの深刻さは、専門家でないと判断は難しいと思います。 裁判で証人となり、結愛ちゃんの代弁者であると自ら語った香川県の主治医でさえ、当時のDVの深刻さを十分認識できていたかどうかは疑問があります。 逆に養父の異常さは、結愛ちゃんが保護される前から理解不能な状態でした。 「苦しい思いをしなければいい子にはなれない」という考えが間違いの出発点だったのではないかと思います。 暴言や暴力、嘘や都合のいい屁理屈でも何でもありで、精神科医から虐待を楽しんでたのではないか、という意見もあったそうです。 ネット情報では、彼は幼少期に父親より虐待を受けていたとか、香川県にいる頃は自暴自棄になっていた等見かけましたが、ひいき目に見ても鬼畜に変わりないと思う。 また養父の裁判での証言にはどうにも腑に落ちない点が多々あり、建前だけ取り繕っている様に思えました。 筆者によるとやはり「本当のことを言っていない」といいます。 いつの日か真実を語ってほしいと思います。 この事件の衝撃を思うと筆者はこれからも風当たりが強い日々に晒されるかもしれません、それでも彼女の心の中にいる結愛ちゃんはきっと彼女のこれからを導いてくれると思います。 この本を読んで私にはそういう母と子に思えました。 余談ですがネットには、DVをしやすいタイプ、DVをされやすいタイプという情報がたくさんあって、夫婦それぞれ見事なほどタイプに当てはまっていて驚きました。

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結愛ちゃん「もうゆるして」虐待死亡事件 母親 船戸優里のFacebookも

船戸優里

《東京都目黒区で昨年3月、船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=が両親から虐待を受けて死亡したとされる事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里(ゆり)被告(27)の裁判員裁判の初公判が3日、東京地裁(守下実裁判長)で始まった》 《優里被告は夫の雄大(ゆうだい)被告(34)=同罪などで起訴=とともに昨年6月に逮捕された。 現場の目黒区の自宅アパートからは、覚え立てのひらがなで「あしたはもっともっと できるようにするから」「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」などと必死に訴える結愛ちゃんのノートが見つかっている。 事件は、親による子供への体罰禁止や児童相談所の体制強化など法改正のきっかけとなった。 雄大被告の初公判は10月1日に開かれる》 《この日は一般傍聴席18席に対し、352人の傍聴希望者が集まった》 《午前10時前、裁判長の合図で優里被告が入廷。 黒のパンツスーツ姿で、逮捕時に長かった髪はあご下ほどに切りそろえられていた。 裁判員らも入廷。 裁判長が促し、優里被告が証言台の前に立った》 裁判長「名前はなんと言いますか」 優里被告「……」 《優里被告の肩が小さく上下し、細かくはなをすする音が響く。 裁判員がその様子を見つめる》 裁判長「落ち着いてから、息整えてから答えようね」 《言葉が出ず手を前に組んだまま立ちすくむ優里被告。 涙を流し、呼吸が速くなっていく。 女性弁護人が近寄って肩を抱き、背中をさする》 裁判長「緊張が高まっているみたいだね。 座りますか」 《首を横に振り、立って続ける意思を示す優里被告。 裁判長の「慌てなくていい」という言葉の後に、聞こえるか聞こえないかほどの声を絞り出した》 PR.

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