あいち トリエンナーレ 補助 金。 あいちトリエンナーレへの補助金不交付へ 文化庁「申請手続きに不備」

「国民の心情を傷付ける表現」あいちトリエンナーレに日本国史学会が声明

あいち トリエンナーレ 補助 金

皆様、今晩は。 大変有難いことで、前回は訴訟を含む争訟方法、すなわち、愛知県がどのような法的手続で国()と不交付決定の違法性(・不当性)争うことができるかという点を中心に書いた(といっても、ほとんど自分のツイートをまとめただけだが…)ので、今回は、本案の違法事由の争点(予想されるもの)に関するこれまでのツイートをまとめる方法で、再度、基本的には論点整理のためのメモ的なものを残しておくこととします。 1 申請の形式上の要件に適合しない申請であるか(予想される争点1) 「補助事業の申請手続に…不適当な行為」があったことなどにより、適正化法第6条等に基づき、全額不交付とした ウェブサイト 方針を維持か ちなみに、報道されていない裁として、山形地判平成30年8月21日・2397号7-14頁。 逐条解説にも載っていません— 平 裕介 YusukeTaira この山形地判平成30年8月21日は、申請の形式上の要件とは、申請が有効に成立するために法令において必要とされる要件のうち、当該申請書の記載、添付書類等から外形上明確に判断し得るものをいい、それは法令の規定する実体的要件の判断のために不可欠となる必要最小限のものに限られると解しています— 平 裕介 YusukeTaira この争点では、このの判決が1つのポイントとなってくると思います(詳細はツリーを読んでください)。 愛知県側としては、今回の申請は、法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請ではなく、同要件を満たしているものであると主張することになります。 2 交付のための実体的要件を満たすか(予想される争点2) 国()側としては、特に上記1の争点のところで勝てないなと判断した場合には、(や不服申出の手続)の中で、理由を追加してくると思われます。 すなわち、適正化法6条の実体的要件をみたさないという主張を追加してくるでしょう。 なお、実体的審査と判断過程審査の話は重なりがある話だと思われます(さらに上記1の争点の話とも多少の重なりがあるでしょう)。 (1)実体的審査 あいちの不交付決定問題につき、小林明夫大教授 は「法律上、国の裁量は一定程度認められるが、不自由展は全体の中の一部。 それでも全額不交付にしたことが裁量の逸脱かどうかが問われる」とする 2019年9月30日夕刊1面 が、国の調査義務の話が前提の解説か— 平 裕介 YusukeTaira この解説、表現の不自由展があいトリ展示会の中でどの程度の割合を占めるのかに関する調査義務 行政調査の義務 があったことを前提としないと成り立つことが難しい内容かと… また不服審査の場合はさておき、訴訟では、調査義務の存在やその懈怠による裁量逸脱濫用を導くことは難しいという傾向がある— 平 裕介 YusukeTaira 分かりやすい論法のようにも見えるが、の原告の主張としては、強い主張といえないものだろう 本件は一応給付行政の事案なので、展示会の実現可能性等に関し、消極に働く事情(政治家の発言、脅迫等を含む)をも特に審査したことが不合理な差別だという主張の方が、強い裁量統制に係る主張かと— 平 裕介 YusukeTaira 2019年10月6~8日に再開する方向で協議を進めることで、芸術祭実行委員会側と和解したとのこと。 処分 不交付という申請拒否処分 の後の事情ではあるが、実現可能性等があったことを基礎づける一事由になる 特に現実に再開した場合 のではないでしょうか…— 平 裕介 YusukeTaira (2)判断過程審査 ・芸術祭実行委員会会長 愛知県知事 は、あいちの不交付決定に対するを提起する予定 2019年9月27日朝刊1面 Q.では本件類似の事案が令和2年司法試験論文で出た場合、答案で活用する違法事由の百選は? A.教組事件 平18年2月7日 — 平 裕介 YusukeTaira 事案的には結構遠いですが、行政百選のですし司法試験なので、申請拒否処分についての要件裁量の判断過程統制という点では一応共通点ありといえそうなので活用可能でしょう 規範だけでなく、による妨害活動のおそれを重視し過ぎているという当てはめに関する点も参考になると思います— 平 裕介 YusukeTaira 3 の話は? 本件で最も話題になっている「」ですが、(独立した21条違反の主張として展開されるというよりは、)基本的には、上記争点2の適正化法6条1項違反の主張(考慮事項の重み付けの話)の中で、を実質的に保護する趣旨からの適切な考慮事項の重み付けがなされるべきであるとの主張において登場するという感じになると考えられます。 もちろん、が重要ではないというわけではなく、行政事件訴訟の違法事由の審査の実務という観点からは、このようなことになってくるということです。 ということで、少なくとも地裁高裁レベルでは、争点1でも争点2でも、違反が前面に出てくるというよりは、適正化法6条違反の問題が中心に審査され、その中での話が登場するということになるでしょう(このことの当否については議論があるところですが、ここでは立ち入りません)。 なお、以上は、違法(違法性、違法事由)の話でしたが、これとは一応区別される不当(不当性)の話については、不服の申出(適正化法25条1項)では審査がなされうることになります(裁判所での訴訟では、不当性の問題は審査されません)。

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あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐって起きたこと――事実関係と論点の整理(明戸隆浩)

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サイト上での声明への「共同署名者」および「賛同者」の署名募集は終了しました。 「共同署名者」 政府・自治体等の資金を原資とする公的資金助成事業に際し、 (1)いわゆる「外部審査員」として審査に携わった文化・芸術各分野の専門家 (2)助成制度運用の実務を始めとする文化行政の経験者 (3)助成制度の研究者 に該当する方で、共同でご署名いただける方。 「賛同者」 上記に該当しない方で応援・ご賛同いただける方。 【署名済みの方へのお詫び】 署名の位置づけが共同署名か賛同かわかりにくいというお声を多くいただきまして、急遽、声明の共同署名者と、応援・賛同者を区別した上でどちらの方もご署名できるような形に変更いたしました。 共同署名の対象者ではなく賛同のつもりだった場合やその逆の場合は、お手数ですがページ下部のフォーム等でお知らせいただければ幸いです。 私たちは政府・自治体等の資金を原資とする公的資金助成事業に際し、助成決定の公正性・客観性・妥当性を高めることを目的に委嘱される、いわゆる「外部審査員」として審査に携わった文化・芸術各分野の専門家、および助成制度運用の実務を始めとする文化行政の経験者、ならびに助成制度の研究者の有志です。 2019年9月26日、文化庁地域文化創生本部より「あいちトリエンナーレに対する補助金の取扱いについて」と題された報道発表があり、採択された補助金を「補助金適正化法第6条等」(原文ママ)に基づき全額不交付とするという取扱いが発表されました。 しかし私たちの調査の結果、文化庁は「採択事業への全額不交付」という重要な決定をするにあたり、本件「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業(文化資源活用推進事業)」の外部審査員で採択事業の選定時の審査をした任期中の6名(氏名未公表)に対し、採択後の不交付決定前の審査で意見聴取を一切行わずに、文化庁内部のみで全ての審査を行ったことがわかりました。 「採択後の全額不交付決定」という事自体が異例ですが、このような重大な決定にあたり、任期中の外部審査員からの意見聴取をあえて行わなかったことはさらに異例中の異例です。 これは単に文化・芸術分野の公的資金助成の審査事務の通例に反しているだけではなく、すべての公的資金助成の基本原則であり外部審査員の存在意義でもある「公正決定原則」に照らして不適切です(詳細はします)。 公正決定原則に反する不適切な審査がこのまま前例として継続される、あるいは広く行われているかのような誤解が拡散すれば、本件補助金の執行はもちろん、これまで公的資金助成の適切な運営に尽力してきた外部審査従事者、ひいては広く文化行政や公的資金助成への国民の信頼を失墜させる懸念があります。 私たちはここに、今回の不交付の決定に係る根拠の明確な提示と審査プロセスの詳細な経緯説明を求めるとともに、外部有識者を加えてその検証を行うことを求めます。 さらに、その検証の経過・結果によっては、不交付決定を取り消すこと、もしくは、交付内容の詳細について外部有識者を加えて審議し直すことを強く求めます。 公的資金を扱う決定権者が、あたかも自己の資金を用いて助成するかのような錯覚に陥って、自らの都合に沿った相手方を恣意的に選択するようなことが起こりがちな公的資金助成において、決定の公正さを担保し、客観性と妥当性を確保するためには「外からの眼」が必要です。 それが、公的助成決定プロセスにおける外部審査員の役目です。 ただし、外部審査員の「眼」が意味を持つためには、単に形式上プロセスのどこかに関与すればいいということではありません。 助成決定において実質的に最も重要な部分において関与・観察する必要があります。 よって、例えば外部審査員への委嘱事項が採択時の書面審査や審査会の出席等である場合でも、単なる採点者ではなく採択者の実質的な選定時まで立ち会うのはもちろん、それらを終えた後も、決定権者が助成に関する重要な変更決定を行う場合には最低でも採択時の外部審査員への意見聴取が行われるのが通常です。 そうでなければ実質的に最も重要な部分に「眼が入った」ことにならず、恣意的な選択を防ぐために外部審査員を置いた意味がありません。 文化庁のこれまでの助成事業においても、外部審査が入ったプロセスが終了した後、新たに実質的に重要な決定がされる際(例えば、交付決定後の支給段階において、形式的には全額不支給となる事情が生じた場合等)においては、委嘱中の外部審査員への意見聴取が行われてきました。 本件「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業(文化資源活用推進事業)」の外部審査員たる審査委員6名への委嘱内容も、任期は審査会前後の時期だけではなく事業期間すべて(2019年4月1日から2020年3月31日まで)をカバーしており、また委嘱における依頼業務は「文化資源活用推進事業の採択事業選定にかかる審査等」と、「等」を付して非限定的な形式がとられています。 これは、採択事業選定審査の終了後、あるいは交付決定後の支給段階にいたるまで、全てのプロセスにおける実質的に重要な判断に際し、公正さを担保するための「外からの眼」となる必要があるためです。 ところが今回、採択後の補助金交付申請書の審査段階では、採択26件中唯一の不交付決定を受けた「あいちトリエンナーレ」の審査において、外部審査員の意見聴取は全く行われず、「外からの眼」無しに文化庁内のみで審査が行われ、同事業のみが全額不交付となりました。 なぜ、この審査に限って、実質的に最も重大な決定を行う際に、公正さの確保のために必要となる「外からの眼」を避けたのでしょうか。 これは極めて異常な事態ですが、この点について文化庁は説明していません。 加えて文化庁ウェブサイトや文科相の説明では、あいちトリエンナーレが来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告しなかったこと、また文化庁に申請のあった内容通りの展示会が実現できていない、継続できていない部分もあったことを不交付判断の理由としていますが、そもそも「展示会場の安全」や「事業の円滑な運営」はその対象が非常に抽象的であることから、その「重大」性の有無の評価については、客観性及び妥当性を確保するために、外部審査員の眼を入れるべき場合であったはずです。 また「文化庁に申請のあった内容通りの展示会が実現できていない、継続できていない部分がある」という評価においても同様です。 このような状況において、外部審査員からの意見聴取を一切経ずに(あえて言えば「外の眼を避けて」)、文化庁内部のみで評価・判断を行ったことも、公正決定原則のみならず他の公的資金助成における原則を潜脱しようとした意図が疑われます。 よって現時点においては、遺憾ながら、文化庁の当該行政事務において、決定権者が自らの都合に沿った相手方を恣意的に選択し排除した不公正があった可能性があると指摘せざるを得ません。 この認識を覆すためには、声明本文の要求事項を満たしていただくことが必要と考えます。 なお、今回の文化庁の審査では2019年5月30日の補助金交付申請書提出から2019年9月26日の不交付決定通知まで119日間を要しており(標準処理期間は30日と定められている。 同補助金交付要綱第6条3項)、その間に外部審査員への意見聴取が行われなかったのは時間的制約によるものとは言い得ないことも併せて指摘します。

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池上彰氏が考える、あいちトリエンナーレ補助金「後から不交付」問題に見る“本質”

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文化庁の前で、「表現の自由を守れ」「検閲反対」などと抗議する人たち=2019年9月26日、東京都千代田区 「あいちトリエンナーレ2019」に対して、審査され採択が決まっていた約7800万円の補助金について、文化庁がこれを覆して全額を不交付にしたことが議論を呼んでいます。 そもそも「表現の自由を損なう」という点で大きな問題だと思いますが、私はそれと同等かそれ以上に、「法の支配を歪める」「行政の安定的運営を損なう」という点においても極めて問題が多いと思っています。 日本の行政が危機に瀕しているといっても過言ではありません。 すでに多くの方々が指摘している通り、いったん公的支援を決めた展示について、その表現の内容や、それに対する抗議を理由に、後付けで補助金を交付しないという極めて不利益な決定を行政が行うことは、行政が実質的に、表現内容を理由に表現者及び関係者に不当な不利益を与えることになり、「表現の自由」への行政の不当な介入だと考えられます。 このような行政の不当な介入が正当化されるなら、当然ながら表現は委縮します。 文化庁は、事業採択の審査に当たって、必要な情報が事前に申告されなかった事を問題視していますが、表現に対する抗議などを事前に予想することはほとんど不可能です。 そうした理屈が通るなら、議論を呼ぶような冒険的な展示については、事後の介入が怖くて公的補助は受けられなくなってしまいます。 今回の文化庁の決定は、行政から見て、問題なく当たり障りのない表現だけを保護することにつながり、日本の表現の自由を大きく損ね、極めて不適当だと私は思います。 ただ、それと同等、いやそれ以上に、私はこの不交付決定は冒頭で挙げた「法の支配を歪める」「行政の安定的運営を損なう」という点において、ゆゆしき問題をはらんでいると思います。 以下、詳しく論じさせていただきます。

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