千と千尋 神様。 映画『千と千尋の神隠し』の謎と都市伝説10選

●「千尋」の作品世界を考察する

千と千尋 神様

困った時、叶えたい願いがある時、神様にお願いした経験、ありますよね? しかし、 「願い事をしたのは、どの神様ですか? 」と聞かれて、日本人で答えられる人はそう多くありません。 クリスチャンに神の名を問えば、もちろん「イエス・キリスト」だと答えるでしょうし、イスラム教徒に問えば「アラー」だと即答するでしょうが、日本人は答えられない人の方が多いです。 神の名を答えられない日本人には「信仰心」がないのでしょうか? そんなことはありません。 日本人には、生まれたときから自然崇拝の心が根付いています。 日本人は食事をする時に 「いただきます」「ごちそうさまでした」と言います。 これは、神が与えた命をもらって次へ繋げる命のリレーに敬意を払い、感謝の気持ちをあらわした言葉です。 日本人が神の名を答えられない理由、それは「自然崇拝」にルーツがあり、 私たちの思う「神様」は、すなわち「八百万の神」です。 森羅万象に神が宿るとの考えから、特定の神の偶像を持たないだけなのです。 人気アニメ 「千と千尋の神隠し」には、八百万の神々が日々の疲れを癒すために湯屋を訪れる描写があります。 それぞれの神様に名前はありますが、それはあまり重要視されていません。 「八百万」とされる通り、数え切れないほど神様が存在するからです。 作中でも姿形の異なる神々が方々から集まってきています。 今回は、普段私たちが意識せずに願っている八百万の神とはどんな神様なのか、掘り下げてみていきます。 千と千尋の神隠しに見る八百万の神とは 興味のあるところから読んでくださいね• 神道と八百万の神とは 神道とは、古来より信仰されている日本特有の宗教です。 宗教といっても経典や戒律が存在しない、民族信仰になります。 それでいて、現代日本人の中にも、意識せずしてこの心が根付いています。 海で囲まれた島国である日本には四季があり、海、山、川、森などの自然に恵まれた国であるがゆえ、災害に悩まされることもありました。 古代日本人にとって、これらの自然災害は生命を脅かすほどの脅威であり、やがてその自然への畏怖が自然崇拝へと形を変えていきます。 五穀豊穣を願い、自然に宿る神々の機嫌を損ねないように、日本人は 「八百万の神」を祭ったのです。 また、自然だけでなく、各家にも 「氏神」が存在すると考えられていました。 日本人は神々に必要なときに降りてきてもらうため、その目印として 「依代(よりしろ)」を立てて、八百万の神を迎えてきました。 神の機嫌を損ねないために、神々とうまく付き合っていくことが重要だったのです。 そして秋には収穫を、年末年始には一年無事に過ごせたことを感謝して、 日本人は八百万の神と共存してきました。 この感謝の気持ちが、繊細な味を紡ぐ日本食にもあらわれていると言われています。 日本食に見る八百万の神とは 食事をするとき、海外ではふるまう側が 「召し上がれ」と言いますが、日本ではいただく側が 「いただきます」「ごちそうさま」と感謝の気持ちを込めて言います。 「もったいない」という言葉もそうですが、これらは外国語では表現ができないそうです。 八百万の神々が与えてくれた恵みに感謝し、その命をムダにすることなくいただく、その考えが日本人の精神にはあります。 鯛(たい)を例に挙げると、新鮮なうちにお刺身として頂き、翌日は炙り、さらに鯛茶としていただき、ウロコはから揚げにして、アラさえもアラ汁にして食べます。 そして、残った骨は肥料として使うなど、あますことなく大切に命をいただきます。 鯨(くじら)を例に挙げると、欧米では、鯨漁で捕獲された鯨はその油と歯、髭のみとり、他の部位は廃棄していましたが、日本では、鯨肉や軟骨は食用に、血は薬用、糞さえも香料として使われていました。 「もったいない」という言葉は 「ありがたき命が生かされず、ムダになってしまうことが惜しい」という意味で使われてきたそうです。 そのものがもつ値打ちを最大限に引き出したいという思いが日本人に受け継がれているのでしょう。 調味料ひとつとっても、素材がもつ「うまみ」を太陽や微生物の力を借りて、発酵させ作られています。 無添加で体に良く、食材のもつ味を引き立ててくれる調味料は、海外でも重宝されています。 こうして見ると、 日本食の味の繊細さは八百万の神への信仰から生まれていると言えるのかもしれません。 このように素晴らしい食をもたらしてくれる八百万の神々は、自然の中で当たり前のように日本人の心に寄り添っていました。 目には見えない八百万の神ですが、「酒造り」や「作物」、「料理」などについて協議するために、年に一度、出雲へ集まると言われています。 その場では一体何が行われるのでしょうか。 詳しく見ていきましょう。 八百万の神々は10月に出雲大社に集まる 10月は 「神無月(かんなづき)」と呼ばれますが、この由来は八百万の神々が全国から一斉に出雲へ集まるため、 「神様が留守になる=神様がい無くなる」から来ているというのは有名な話です。 逆に、出雲では10月を八百万の神が集まるので、 「神在月(かみありづき)」と呼ぶそうです。 出雲に集まった八百万の神は、一年の取り決めについて協議するために 「神議り(かみはかり)」を行います。 ここで行われるのは、五穀豊穣や繁栄に加えて、縁結びについても大国主大神のもと話し合われるんだそうです。 この時期、 出雲の人々は神々の協議の邪魔をしないよう、芸事や舞曲、散髪や爪切りまでも控えたと言われています。 なぜ出雲なのかは、日本書紀の国譲り物語にもとづく説が通説となっています。 出雲を本拠とする大国主大神が天照大御神に国土を献上する際、その統治権を譲るかわりに神事を統治するという取り交わしを行ったため、神事を協議する神議り(かみはかり)では大国主大神の出雲へ神々が集まってくるとされています。 なぜ10月なのかは諸説あり、 神々の母であるイザナミが黄泉の国へ旅立ったのが10月であるからという説や 出雲の祭神は10月にのみ日本を統治するからという説があります。 八百万の神々が一斉に出雲大社へ集まってくる様を想像してみると、とても荘厳ですよね。 国内外ともに大ヒットを記録したジブリアニメ「千と千尋の神隠し」では、夕暮れの刻になると明かりが灯り、世界中から神々が集まってきます。 私たちは神様の姿を見ることはできませんが、10月になると出雲にもこんなふうに八百万の神が集まってきているのかもしれません。 千と千尋の神隠しに出てくる八百万の神 「千と千尋の神隠し」の作中で描かれる 「湯屋」には八百万の神が疲れを癒しにやってきます。 神様たちの名前を大々的に紹介する描写はありませんが、実はそれぞれの神様にはしっかり名前があります。 それでは見ていきましょう。 オクサレサマ 千と千尋の神隠しを見たことのある人が一番記憶に残っているのがこの神様かもしれません。 主人公である千尋がこの神様が身にまとっていた汚泥やゴミを取り除き、オクサレサマが本来の姿を取り戻します。 八百万の神は 人々の病や不幸、負の念などをその身に引き受けるため、恐ろしい姿をしていると言われています。 オクサレサマも自然を汚す人間の心や行為を引き受けて、あのような姿になってしまったのかもしれませんね。 オシラサマ 千尋がエレベーターで乗り合わせる、大根のような見た目の白く大きい神様がオシラサマです。 オシラサマは東北地方に伝わる農業の神様ですが、 隠語で「シラける客」という意味があるそうです。 作中でオシラサマは千尋を助けてくれますが、決して言葉を発することはありません。 たとえよい人でも、お酒の席で話をしないとシラけてしまう、という暗喩になっています。 カスガサマ 遊覧船から団体でやってきた貴族のような神様がカスガサマです。 カスガサマは春日大社をあらわしているそうで、お面には春日大社のお札をつけています。 春日大社は全国に分社がありますから、カスガサマも団体でやってきたのかもしれませんね。 隠語では「チップを払わないケチな客」という意味があるそうです。 オオトリサマ 大勢で温泉に浸かっているヒヨコの姿をした神様がオオトリサマです。 卵のまま、この世に生まれて来られなかったヒヨコの神様です。 見た目の可愛さから人気のある神様だそうですが、実は切ない背景があったのですね。 オオトリサマは私たちが毎日のように命を頂いている卵の神様なんです。 オナマサマ 見た目のとおり、 秋田のナマハゲを彷彿とさせる姿の神様です。 ナマケモノを懲らしめるため、怖い外見をしています。 牛鬼 角が生え、鬼のようなイカツイ外見をした妖怪が牛鬼です。 牛鬼はおしゃべりで神界の秘密をもらしてしまったため、神様に罰を与えられました。 当初は妖怪の姿をしていたそうですが、5代目からは人間の姿になったと言われています。 千と千尋の神隠しでは、神様のお供として出てきます。 カオナシ 作中、かなり重要な役割で出てくるカオナシも、実は神様です。 ですが、 「カオ」とは「資格」を意味し、カオナシは湯屋で遊ぶ資格のない神様をあらわしています。 本来入ってはいけないため、外に佇んでいたわけですが、千尋が招き入れてしまったため、騒動に発展します。 カオナシは居場所がわからなくなってしまった現代人の暗喩だと言われています。 キリストと八百万の神の違い 八百万の神を考える際によく比較で挙げられるのがキリストです。 八百万の神は万能ではありません。 それゆえ森羅万象たくさんの神様が存在します。 一方、 キリストは唯一絶対の万能神です。 神との契約は絶対で、破れば許しを請う必要がありました。 日本人はクリスマスのお祝いをした一週間後には神社へ初詣に行き、家にある仏壇にお線香をあげながら、教会で挙式をする人もいます。 これらの日本の慣習は一神教を崇拝する人から見れば理解できないでしょうが、異なる文化を受け入れる素地が日本人にはあるといえるでしょう。 ところで、 古来より伝わる七福神も、日本出身の神様は「恵比寿様だけ」であることをご存知ですか? 実は、他3名は中国出身、他3名はインド出身だそうです。 日本人は他国の文化にも寛容で、排他的にならない器用な国民性であったがゆえ、七福神は生まれたと言えるでしょう。 日本人は他国の文化さえも日本の風土に合わせて取り入れることがとても上手だったのですね。 キリスト教では、神様と共存することは考えられないことですが、千と千尋の神隠しでは、お客様としてやってくる神様と給仕をするカエル、迷い込んでしまった人間(千尋)など様々な種族が同じ場所に存在しています。 そして、神様の機嫌を損ねないように奉仕するという描写は、 日本人にとって八百万の神はうまく付き合っていかなければならない身近な存在であった、ということをあらわしているのでしょう。 まとめ 姿の見えない 「八百万の神」は、森羅万象全てのものに神が宿るという 自然崇拝の考えから生まれた日本独特の信仰です。 その背景には、器用な日本人の国民性が存在しています。 八百万の神は万能ではなく、それぞれに強みや特徴が異なり、ある意味では人間とそう変わりない存在なのかもしれません。 それを前提に千と千尋の神隠しを観てみると、新しい発見があるはずです。

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【千と千尋の神隠しの都市伝説】油屋は風俗!?湯女の正体が明らかに | シネパラ

千と千尋 神様

Contents• 油屋に神々が集まる理由とは?神様たちはお疲れが溜まっている!? 「千と千尋の神隠し」は、不思議の国に迷い込んでしまった少女・千尋の成長物語です。 千尋は不思議の国で、湯屋の「油屋」で働くことになります。 油屋は、湯婆婆という女主人が経営する、八百万の神々の疲れを癒す場所でした。 神様たちは、人々の心が荒み、環境が悪化するのに伴い、お疲れが溜まります。 その疲れを癒すために集うのが油屋でした。 神々が湯屋に疲れを癒しに来るという設定は、長野県南部の遠山郷などで、毎年12月に行われる「霜月祭」が発想のヒントになっているそうです。 油屋で騒動を起こしたカオナシは、神様ではありません。 油屋の庭でウロウロしていたところを、千尋が見かねて声をかけたために上り込んだのです。 千尋の気を引こうと偽の金を出しますが、千尋に見向きもされず、暴走を始めます。 ちなみに、「カオナシ」は隠語で、「湯屋で遊ぶ資格がない」という意味を表すと言われています。 油屋にやって来た神様の名前一覧 1. オシラ様 東北地方には同じ名前の神様が信仰されていますが、「千と千尋の神隠し」のオシラ様は大根の神様とのことです。 ふくよかな白い巨体に赤いふんどしを締めています。 湯婆婆のところに向かうリンたちと一緒にエレベーターに乗ろうとしますが、巨体のためにリンに同乗を断られます。 その後、千尋とエレベーターに乗り合わせ、湯婆婆のところまで連れて行きます。 千尋がオクサレ様の汚れを取り除いてお礼に砂金とニガダンゴを貰った時は、舞を舞って千尋を褒めそやしました。 春日様 春日大社のお面をつけ、宮司のような身なりをしている神様です。 春日大社で行われる神事でも、同じお面を使うことがあるようです。 油屋へはいつも船に乗って集団でやって来ます。 スポンサーリンク 3. 牛鬼 牛鬼は牛の頭と鬼の身体を持つ恐ろしい妖怪とされていますが、「千と千尋の神隠し」に登場する牛鬼は可愛らしい風貌です。 子供の鬼のような寸胴の体型で、牛の顔に鹿の角を生やしています。 丸く飛び出た目はどこか憎めない表情で、「千と千尋の神隠し」の中の好きなキャラランキングなどのアンケートで5位に入ったほどです。 オオトリ様 卵のまま生まれてこなかったヒヨコたちや、ニワトリになることが出来なかったヒヨコたちが神様となったものです。 油屋に来るときは、大勢で連れ立ってやって来て、一緒にお風呂に入ります。 おなま様 秋田名物のなまはげにあたります。 なまはげと同じく藁の衣装を身にまとい、鬼のような風貌で、「千と千尋の神隠し」に登場する神様たちの中では、よく知られた姿で描かれた神様です。 オクサレ様 河の神様で、全身がヘドロのようなもので覆われ、身体からは鼻をつく悪臭を放っています。 あまりの悪臭に油屋の従業員たちは辟易していましたが、千尋が背中の突起を引っ張ると、身体から大量のゴミや廃棄物が出てきました。 ぬめりが取れると、木彫りの面のような姿で豪快に笑い、大量の砂金を出して、千尋にはニガダンゴを授けました。 スポンサーリンク.

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【千と千尋の神隠し】神様たちの名前一覧!油屋に神々が集まる理由とは?

千と千尋 神様

千と千尋の神隠しのキャラクター一覧 荻野 千尋(おぎの ちひろ) 声優:柊瑠美 本作の主人公です。 両親と共に引っ越し先へと向かう途中、不思議な神々の世界へと足を踏み入れます。 うまくいかないことがあるとすぐ卑屈になり親を頼る、今どきの都会育ちの女の子。 神々の世界で豚へと変えられた良心を救うために油屋で働くことになり、名前を取られ「千」となります。 登場当初は頼りない10歳の少女ですが、終盤では困難を乗り越えた末のたくましい姿を見せてくれます。 ハク 声優:入野自由 油屋で働く謎の美少年。 実は湯婆婆の弟子で、油屋の帳簿を担当。 神々の世界に迷い込み、困難に直面する千尋の前に何度も現れ、彼女の助けとなります。 本名は「饒速水琥珀主 ニギハヤミコハクヌシ 」、千尋が以前住んでいた「コハク川」の主です。 非常にミステリアスでどこか儚げな少年、彼の抱える問題がさらにそのキャラクターの深みを増します。 湯婆婆(ゆばーば) 声優:夏木マリ 油屋の主人で二頭身の魔女。 横柄な性格ではあるものの、経営者としての手腕は中々のもの。 千尋を雇う際に名前を奪い、契約を交わします。 息子の「坊」を溺愛する母親でもあります。 銭婆 ぜにーば 声優:夏木マリ 湯婆婆の双子の姉で、同じく魔女。 沼の底という田舎に住んでいます。 契約に用いる判子を盗み出したハクに、死ぬまで命を食い散らす呪いをかけた人物。 ハクの代わりに謝りに来た千尋を許し、もてなします。 湯婆婆よりも物分かりの良い、柔軟な印象でした。 坊(ぼう) 声優:神木隆之介 湯婆婆の息子で、赤い前掛けをした巨大な赤ん坊です。 湯婆婆の過保護により、外界に出たことはありあせん。 千尋が坊の元へ迷い込んだ際は、言うことをきかない千尋の腕を折ろうとします。 登場当初は、わがままで癇癪もち、おまけに怪力の三拍子が揃っていましたが、ねずみに変えられてからは外界を冒険することで成長し、徐々に思いやりや優しさが芽生えます。 彼も、千尋の良き仲間となりました。 リン 声優:玉井夕海 油屋で働く千尋の先輩。 ほかの湯女は千尋を毛嫌いしますが、彼女は特に気にしない様子で千尋と接します。 口調は荒っぽいですが、竹を割ったような性格で姉御肌。 リンは、ほかのキャラクターと比べても我々と近い雰囲気を感じます。 とれも人間らしい彼女のキャラクターは誰にでも親しみやすいのではないでしょうか。 釜爺(かまじい) 声優:菅原文太 油屋のボイラー室で働く、クモのような体で6本の腕を持つ老人。 登場当初は、仕事に厳しい態度を取っていましたが、千尋を接するうちに彼女を気遣い、傷ついたハクを助ける場面もあります。 容姿は一見して恐ろしいものに見えますが、内面はとても優しい人物です。 作中ではあまり深く掘り下げられていませんが、彼の日常をもう少し覗いてみたいものですね。 いつも薬の調合をしてるんでしょうか… カオナシ 声優:中村彰男 千尋が神々の世界へ迷い込んだ際に見掛けた黒いなにか。 意思疎通が出来ず、意思表示の際はか細く「あ」と発する。 人が望むものを作り出すことができますが、代わりにその人物を飲み込み知能と声を得ます。 飲み込む対象によっては四足歩行になることもあるようですね。 千尋を追い掛け回したあとの、全てを吐き出して小さくなったカオナシがどこか印象的です。 ひっそりと後に続く姿は可哀想にも感じてしまうシーンではないでしょうか。 様々な神様 本作『千と千尋の神隠し』と言えば、欠かせないのは油屋へ訪れる様々な神様たちですね。 彼らは神道の神々とも言われています。 だからこそ、川の神や大根 ? の神様も出てくるのでしょうね。 ここでは有名であろう神様を二人しょうかいしていきます。 おしら様 真っ白でどっしりとした体、盃を逆さに被ったような頭の飾り、真っ赤なフンドシがトレードマークの神様。 作中では大根の神様として登場しているようですね。 「おしら様」という神様は実際に信仰されていて、戦国時代から地域によっては信仰されているようです。 本来の「おしら様」という神様は、東北地方などで養蚕の神様として祀られています。 腐れ神様 実際は腐れ神様ではなく河の神様ですが、油屋へ訪れた当初はその汚れた姿から腐れ神様と勘違いされます。 全身ヘドロの体を千尋たちに洗ってもらい、体のトゲを抜くことで本来の姿を取り戻します。 老人のような面に竜のような水の姿で油屋を後にした河の神様ですが、その際に千尋へ苦団子を渡しています。 神様であることから、千尋の先の未来を知り得たのでしょうね。 あの「よきかな」というセリフが中々いい味を出していると思います。

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